アメリカのバイデン大統領が日本製鉄による米製鉄大手USスチールの買収を阻止する意向を示した。国家の安全保障にかかわるとして日本企業による買収を拒むバイデン氏だが、USスチールの現地従業員からは落胆の声が上がっているという――。
2024年9月4日、日本の新日鉄による買収を支持し、ペンシルベニア州ピッツバーグの本社前で集会を行うUSスチール社の労働者たち
写真=AFP/時事通信フォト
2024年9月4日、日本製鉄による買収を支持し、ペンシルベニア州ピッツバーグの本社前で集会を行うUSスチール社の従業員たち

バイデン大統領が示した買収阻止の衝撃

アメリカのバイデン米大統領は1月3日の声明で、日本製鉄による米USスチールの140億ドル(約2兆2000億円)規模の買収案を阻止する方針を表明した。

CNNによるとバイデン大統領は声明で、「鉄鋼生産と、それを生産する鉄鋼労働者は我が国の屋台骨だ。国内で所有・運営される強力な鉄鋼産業は、国家安全保障上の不可欠な優先事項であり、強靭なサプライチェーンにとって重要である」と、買収阻止の理由を説明した。

買収対象となったUSスチールは、米国の製鉄業界を代表する企業だ。1901年の設立直後に世界で初めて企業価値10億ドルを達成し、現在は従業員1万4000人を抱える。そのうち1万1000人が全米鉄鋼労働組合(USW)の組合員だ。

米国最大の鉄鋼労働者組合であるUSWは、バイデン氏による買収拒否に賛同。「組合員と国家安全保障のために正しい判断だと確信している」と、今回の決定を支持する声明を発表した。

一方、USスチールと日本製鉄は強く反発している。両社は共同声明で「大統領の声明と命令は、国家安全保障上の問題に関する信頼できる証拠を示していない。これは政治的な決定であることは明らかだ」と指摘し、法的対応も辞さない構えを示した。

今回の買収計画の一部として、27億ドル(約4300億円)の投資計画が含まれていた。両社は「この取引の阻止は、USスチールの老朽化した施設の寿命を延ばすための数十億ドルの投資を否定し、何千もの高給で家族を養える組合の仕事を危険にさらすことを意味する」と警告している。

衰退のUSスチール、従業員34万人から2万人に減少

経営再建が急務のUSスチール買収をめぐり、現地労働者からも日本製鉄による買収を支持する声が上がっていた。

ニューヨーク・タイムズ紙は、多くの従業員が「会社(USスチール)は投資を切実に必要としている」などとして、日本製鉄による買収に賛成の立場を示していた。

1901年創業のUSスチールは、米国を代表する鉄鋼メーカーとして知られる。シカゴの超高層ビル・ウィリスタワーやニューヨークの国連ビルなど、米国の象徴的な建造物の建設に鋼材を供給してきた。しかし、近年は業績が低迷。ニューヨーク・タイムズ紙によると、1940年代に34万人を数えた従業員は、現在、全米で約2万人にまで減少している。本社を置くペンシルベニア州では、従業員数は約4000人にまで落ち込んだ。

バイデン氏が拒否の姿勢を示す直前、従業員らの間には買収への期待が高まっていた。米ワシントン・ポスト紙は昨年12月20日、ペンシルベニア州の製鉄所集積地で催された集会の様子を詳しく伝えている。

記事によるとピッツバーグ近郊の工業地帯、モンバレーで12月中旬、USスチールの労働者たちが数百人規模の集会を開いたという。氷点下の厳しい寒さの中、参加者たちは日本製鉄による140億ドル規模の買収案の政府承認を訴えた。十数人の演説者が登壇し、群衆からは拍手と声援が上がったという。