タケノコを形あるまま柔らかく

同じ頃、地元企業・三島食品(広島市中区)から、「自社で作っているタケノコの煮物が、消費者から硬いと言われるのでもう少し柔らかくしたい……」との相談がある。

「タケノコの煮物は高齢者受けする商品ですが、レトルト処理(圧力処理)しても柔らかくなりにくい難しい食材でした。三島食品さんとの打ち合わせのときに、『タケノコをペースト化する技術は開発したんですが……』と『凍結含浸法』を発見した話をしたところ、タケノコに酵素液をしみこませた後、酵素分解する時間を調整すれば完全に単細胞化せず、形あるまま簡単につぶせる『形状保持軟化食品』ができるのではないか……という話に。初めて『凍結含浸法』を軟化食品製造に利用できることを思いつきました」

食材がもつ栄養成分を保持した色や香りがよいペースト素材を作るために開発した「凍結含浸法」を、形状保持軟化食品の製造に応用するという発想の転換は、県内企業の技術的課題についての相談があってこそ成し得たものだった。

柴田たちは、早速「形状保持軟化食品」を作る処理条件を研究し、2002年3月に「凍結含浸法」を特許出願した。

【図表】凍結含浸法で作製した見た目も楽しめるやわらか食
写真提供=広島県

「凍結含浸法」を病院や施設に

広島県は、「凍結含浸法」に関係する特許を複数権利化。これまで50社以上の企業と広島県で特許契約を締結した後、技術研修などを実施し、製造技術を教えている。

現在は、許諾企業が「凍結含浸法」を使った「形状保持軟化食品」を販売。やわらか惣菜ややわらか弁当など、BtoCのターゲットは主に在宅介護者。BtoBでは「形状保持軟化食品」を仕入れ、総菜や弁当を作って病院や介護施設に販売する企業なども増えている。食べ物の嚥下に苦労する高齢者や要介護者は多く、そのニーズに応えているのだ。

【図表】凍結含浸法で軟らかくした食材
写真提供=広島県

「凍結含浸法」を用いて製品化されたものの販売が本格的に始まった2010年の生産出荷額を基準とすると、約10年で30倍ほど成長した。

ただ、クリスターコーポレーション(広島県府中市)が販売する凍結含浸用調味料「とろん」を使用して商品を製造する場合や、「とろん」を購入して病院や介護施設、ホテルなどで凍結含浸調理し食事提供する場合は、広島県との特許許諾契約は必要ない。

「テレビや新聞などで『凍結含浸法』が紹介されるにつれ、個人や病院、介護施設の方から、『自分たちで凍結含浸調理を実施し、食事提供したい』との相談が増えてきました。何百、何千とある病院や施設、個人の方と特許契約を交わし、技術普及することは現実的に不可能です。そんな中、同社の豊田文彦社長が、『病院、介護施設に凍結含浸法を普及する方法を考えたい』と相談に来られました」(柴田)

「凍結含浸法」は、食材に「酵素」を「しみこませる(含浸)」ことが技術の肝の一つだ。企業向けの酵素は販売していたが、一般消費者や病院・施設向けのものはなく、入手しにくかった。

そこで豊田社長は、酵素と調味料を混合した「酵素入り調味料」を「凍結含浸専用調味料」として販売する案を提案。食品工業技術センターは、県内企業支援の一環でクリスターコーポレーションと共同研究を実施し、凍結含浸法に最適化された酵素調味料「とろん」を共同開発したのだった。