「愛されよう」と思ってつくったものは愛されない
【井上】はい。あれはもう偶然としかいいようがないと思います。
【青木】建築家としては偶然だけではないと思いたいんですけれども……。でもたしかに愛されようと思ってつくられたものは駄目ですね。
【井上】芸能人のスターはなり手がいっぱいいて、芸能事務所はスターをつくる法則を持っていると思います。でも、じっさいに当たるのは数十人、数百人に一人であって、他は死屍累々のはず。おそらく本も同じですね。狙ってベストセラーにできるなら、みんなやっている。再版できるかどうかは、編集者の辣腕にかかっている面があると思いますけれども、20万部、30万部、100万部という段階になると、もう計算外だと思います。
【青木】だから従来のマーケティング手法で売れそうなものをつくるのではなく、とりあえず出してみて、反応によって変えていこうとするアジャイルマーケティングと呼ばれる手法が流行していますね。変えやすさを取り込んでいる。でもこれはこれで、ひとつの型にはまってしまいそうですが。
北京の「鳥の巣」はあまり使われていないらしい
【井上】北京の「鳥の巣」(図版4参照)はオリンピックのレガシーっぽいように見えますが。
【青木】あまり使われていないと聞きますけれど。
【井上】北京の人からあまり愛されていない?
【青木】2008年北京オリンピックの会場はかなり廃墟になっているそうです。
【井上】廃墟ですか。
【青木】ある意味、巨大な舞台セットだったし、それでよかったのかもしれません。当時、川口衞(1932~2019年)さんという構造設計の大家は、構造的に見るとばかげている、とおっしゃっていました。
【井上】本当に「鳥の巣」のような代物なんだ。
【青木】すごい構造体ではあるけれど、支えている物がなく、ただ自分を支えるためだけの構造だと。
【井上】博覧会のパビリオンですね。
【青木】そういうことですね。
【井上】レガシーをそもそも狙っていない。
【青木】ただ、オリンピックの会場とは放送のための舞台セットである、という真理は体現しています。
【井上】それでよしとする建築家ももちろんいらっしゃると思うけれども、多くの建築家からしたら、それは切ないんじゃないかなあ。
【青木】切ないでしょうね。リサイクルをテーマにして、使用後、簡単に解体できるように設計するというのだったら、面白いかもしれませんが。