※本稿は、山極寿一『京大というジャングルでゴリラ学者が考えたこと』(朝日新書)の一部を再編集したものです。
NHKの科学番組で京大生と中高生タレントが対決
総長になる2年ほど前、私が理学部長をしていたときに、NHKのEテレ番組から挑戦状が来たことがある。当時もいまも人気の「すイエんサーガールズ」が京大生と対決したいというのである。すイエんサーとは、面白い科学の問題を中高生中心の女子タレントたちが解く番組だ。
挑戦状では、京大の物理の先生が出した問題を、すイガールのチームと京大生のチームが解いてその成果を競うことになっていた。そこで、理学部では1〜4年の学生が4人のチームを作り、「すイガール」4人のチームと対戦することになった。学部長の私はその対戦の勝敗を決める判定者として参加した。
やってきたのは現代のアイドルで、思いきり輝いている女の子たちだった。たしか15歳から21歳の年齢幅だったと思う。対戦場所は、ノーベル物理学賞受賞者の益川敏英さんを記念して建てられた益川ホールだった。
競技の内容は、A4判の紙1枚とはさみを使って工作物を作り、5メートルの高さから落として時間のかかる方が勝ち、という問題だった。1時間で完成品を一つ作り、各チーム4回の試技を行って落ちる時間を競う。学力を誇る京大生との間にはハンデがあるということで、すイガールの側に一つだけヒントと、予備の試技が与えられることになっていた。
判定者の私には、どちらのチームの作業内容ものぞく権利が与えられた。私は何度となく両チームの部屋を訪問しては、どんな作品を考案するのかを見守った。どちらのチームも熱心に議論し、試作品を作ってはその効果を試していた。
何も手を加えなかったすイガールが勝利
京大チームが作ったのは小さなプロペラがついた筒状の物体で、くるくる回りながら落ちてくるものだった。空気の抵抗をなるべく大きくして落ちる時間を稼ごうという工夫だ。これに対して、すイガールチームは何も手を加えないA4の紙をそのまま広げて水平にして落とした。紙は横に振れながら一瞬上に持ち上がって静止する。京大生の作品よりも時間をかけて落ちることに成功した。すイガールの勝利である。
平面の紙の効果を予測できたのが、すイガールたちの卓見だった。もちろん、彼女たちは初めからこのことに気がついたわけではない。実にあきれるほど意見を交わし、試行錯誤を繰り返して行きついた結論だから、素晴らしいと私は思う。