「次の目標はオリンピック連覇でしょうと人は言います。単純に考えればそうなるのでしょうが、自分の中では一向にそうはならない。もやもやするばかりでした」
オリンピックに勝つことを目標に、ぎりぎりまで自分を追い込んで心技体を磨いてきたからこそ、オリンピックの2連覇は簡単に目標とはならない。あまりに高い壁をもう一度登らなければいけないと思えるからである。
完璧な自分を超える強い精神力
高い壁を登り切るには強靱な精神力が必要になる。しかし、一度途切れてしまった精神を再び取り戻すのは容易なことではない。それは体力や技術とは異なる世界だからである。
ならば、どうやって大野は最悪の精神状態から脱出することができたのか。それは具体的な敵を目の前に見つけることができたからだ。
「敵は自分です。リオで金メダルを獲った完璧な自分。その自分を倒すことです」
リオ五輪での完璧な自分を倒すことができればオリンピックの2連覇も可能になると思えたに違いない。自分を倒して、今の自分を乗り越える。それには体も技もレベルアップしなければならないし、何よりも精神を鍛え上げなければならない。
そのために大野はモンゴルに行き、自分よりも上の階級の選手と稽古を行い、モンゴル相撲まで取った。自衛隊に体験入隊して高いところから降下訓練も行った。さらには茶道まで体験する。武士が死を賭けて試合をする前に茶をいただく。その心境を体得しようと思ったのかも知れない。
自分を超えるためには新しいことに挑み、どんなことでもやるということだったに違いない。自分という人間をひと回りもふた回りも大きくしたかったのだ。
しかし、実際にリオ五輪の自分を倒すとなれば、それは柔道でなければいけない。そのために敢えて自分に不利な組み手をつくって攻めの繰り返しを行った。
右の組み手なのに、敢えて左の組み手で一日中稽古を行ったりした。まともに組み合おうとしない相手に組み勝って、両手で投げ技を決める日本柔道の伝統を踏襲する稽古も怠らなかった。リオ五輪の自分を倒す、さらなる自分を作り上げていったのである。
東京大会というモチベーション
武道の聖地、日本武道館で東京オリンピックが行われることもモチベーションとした。
おそらく一生に一回しかチャンスがない出来事。リオ五輪では両親を招くことができなかったが、東京五輪では自分の柔道をその目で見てもらおう。そうしたことも気持ちを上げていくことになった。
ならば、私たちが目標を達成して自失した場合はどうしたらよいだろう。まずは大野のように、これまでやったことのないことにチャレンジしてみることだろう。少しでも興味が湧くことならやってみる。スポーツや音楽などの趣味の分野でもいい。