藤原道長と紫式部はどんな関係だったのか。歴史評論家の香原斗志さんは「紫式部は道長に請われて宮廷に出仕するが、それは二人が恋愛関係にあったからではない。彼女には出仕を拒めない現実的な事情があった」という――。
鈴木春信作「五常 信」
鈴木春信作「五常 信」(画像=ボストン美術館/CC-PD-Mark/Wikimedia Commons

藤原道長が物語の執筆を頼んだ理由

藤原道長(柄本佑)が唐突にまひろ(吉高由里子、紫式部のこと)のもとを訪問した。NHK大河ドラマ「光る君へ」の第31回「月の下」(8月18日放送)。狩衣をまとった忍びの姿で訪れ、まずは、まひろが書いて評判になっている物語「カササギ語り」について、「『枕草子』よりおもしろいと聞いたゆえ」に「俺にも読ませてくれぬか?」と頼み込んだ。「もしおもしろければ、写させて中宮様に献上したいと思っておる」というのだ。

しかし、その物語は前の晩、一人娘の賢子が火をつけ、すっかり燃えてしまっていた。あきらめられない道長は、「ならば、中宮様のために新しい物語を書いてはくれぬか」と切り出した。無理に頼む理由は、「帝のお渡りもお召しもなく、さびしく暮らしておられる中宮様をお慰めしたいのだ」とのこと。中宮様とは一条天皇のもとに入内した道長の長女、彰子(見上愛)のことである。

まひろは「道長様のお役にたちたい」といいつつも、「そうやすやすと新しい物語は書けない」とためらう。だが道長は「おまえには才がある」と伝え、「俺に力を貸してくれ」とすがり、「また参る。どうか考えてくれ」と言い残して立ち去った。

道長の言葉が胸に響いたまひろは、『枕草子』を読み返したりした末に決意し、左大臣(道長)宛ての上申書のなかに返事を忍ばせ、そこにこう書いた。「中宮様をお慰めするための物語、書いてみようと存じます。ついては、ふさわしい紙を賜りたくお願い申し上げます」。さっそく道長は、まひろが以前から所望していた越前(福井県北東部)の紙を、まひろのもとへみずから乗り込んで届けた。