紫式部の家を訪ねたとは考えられない

まひろが「中宮様をお慰めできるよう、精一杯おもしろいものを書きたいと存じます」と伝えると、数日後、道長はまた、すでに書き上がった分を読むために、まひろのもとを訪れた。

そのとき、まひろは「中宮様をお慰めするための物語」がほしいという道長の説明のウソを見抜き、道長から「じつは、これは帝に献上したいと思っておった」という本音を引き出した。帝とは一条天皇(塩野瑛久)のことである。

天皇に読ませる物語を書かせれば、まひろを政治的に利用したことになってしまう。だから、道長はまひろに詫びたが、すでに創作意欲が湧いてきているまひろは、「帝のお読みになるものを書いてみとうございます」と申し出た。そして、一条天皇についてのあれこれを話してほしいと、道長に頼むのだった。

このように第31回では、『源氏物語』が誕生するまでの経緯が描かれた。史実や、史実から想定されることを踏まえ、ドラマとしてたくみに構成されているとは思う。

ただし、政権トップの道長が、受領階級である藤原為時(岸谷五朗、まひろの父)の家を頻繁に訪れて依頼したり、一条天皇についてまひろに直接語ったりした、などということは、身分差からしてあったとは考えられない。「光る君へ」の道長がこうした行動をとるのも、このドラマで重ねて描かれてきた2人の関係が反映されてのことだろう。

すなわち、道長とまひろは恋愛関係にあり、ダブル不倫の末、娘までもうけた関係として描いている。こうしたフィクションのインパクトが強く、それが『源氏物語』の創作に影響を与えたように見えてしまう点も、残念ではある。

藤原道長
藤原道長(画像=東京国立博物館編『日本国宝展』読売新聞社/CC-PD-Mark/Wikimedia Commons

大量の紙は誰が用意したのか

とはいえ、道長と紫式部の恋愛関係こそ創作ではあるけれど、それを除けば、「光る君へ」の描写はいい線を突いているのではないだろうか。

ドラマで佐々木蔵之介が演じた夫の藤原宣孝を失って、紫式部はなにも手がつかないような日々を送ることになったが、『紫式部日記』には、次第に物語に救いを見いだすようになったと書かれている。気の合う仲間たちと、他愛のない物語を創っては見せ合い、手紙で批評し合ったりしたというのだ。

「光る君へ」では、まひろは藤原公任(町田啓太)の妻(柳生みゆ)のサロンで和歌を教えていて、そこで自作の物語が評判になったという描き方である。だが、この時代は女性が友人と付き合う際も、手紙を介するのが一般的で、物語の品評であっても同様だった。だが、直接会って交流していたように描くのは、ドラマの性質上、致し方ないのだろう。

おそらくは、「他愛のない物語」が『源氏物語』のある種の試作で、それが道長の耳に入ったことで、創作を依頼されたものと考えられる。

「光る君へ」では、前述のように道長が大量の紙をまひろのもとに届けたが、このドラマの時代考証も務める倉本一宏氏は、紙の問題から道長の関わりを想定する。