司法の世界を描く「虎に翼」の企画はどうやって始まったのか
私が「虎に翼」に「取材・清永聡」という役割で関わるようになったきっかけは、2018年に『家庭裁判所物語』(日本評論社)を書いたことでした。その本を読んだ制作統括・尾崎裕和と石澤かおるという「虎に翼」のプロデューサー2人から、「三淵嘉子さんをモデルにした朝ドラってできると思いますか?」と相談され、ドラマの話が動き出しました。2022年秋のことです。
女性初の裁判所長となった三淵さんの評伝自体はいくつかあったんですが、それだと縦軸――つまり、彼女の人生の物語は描けるけど、家庭裁判所の創設や少年法の問題や原爆裁判など、いわゆる横のイベントについてはあまり詳しくない。そこで、一緒に作ってくれないかという相談を受け、本を書いたときからお付き合いが続いていた三淵嘉子さんなどのご遺族に一緒に会いに行きました。
私はNHK解説委員として司法担当を務めているので、プロデューサーを普段取材している法務省や最高裁にも連れて行きました。法務省では実際にロケをさせてもらったり、最高裁からは資料を提供していただいたりしています。その上で、『家庭裁判所物語』を書いたときの大まかな材料をまとめて脚本家の吉田恵里香さんやドラマ部のスタッフに提供したんです。
そこからストーリーを作っていく中で、吉田さんやスタッフから「こういう裁判を取り上げたいけど、良い判例はないですか」とか「戦前の捜索令状がほしい」などのリクエストがあると、そのつど、資料を探しに行く流れで進めてきました。
一般市民から見た「司法の歴史」をドラマで展開したかった
このドラマで描きたかったものは、ジェンダーや様々な差別など、吉田さんや演出チームなどそれぞれにあるでしょうけれど、私には「司法の歴史」を朝ドラで伝えたいという思いがありました。それは最高裁のような「権力の攻防」ではなく、女性目線あるいは庶民目線で見た憲法の問題であり、刑事司法の問題であり、民法の問題であり、家庭裁判所の問題であり、少年事件の問題であり、というもので、半年間観終わったら、国民から見た司法の歴史をたどっていけるようにしたい。そうした思いに吉田さんも共感して作ってくださったと思います。吉田さんはご自身やスタッフたちの思いを、半年に及ぶストーリーの中に巧みに盛り込んでくれました。感謝しています。
これまでもリーガルドラマはたくさんありました。でも、戦前の「帝人事件(ドラマでは共亜事件)」を取り上げたドラマがあったでしょうか。離婚した女性が夫に着物を返してもらえないという事件も描きましたが、「権利の濫用」を取り上げた作品なんて、まずないでしょう。昭和6年7月24日の「物品引き渡し請求事件」が基になっていますが、これを取り上げたいということで、戦前の判例なので、法務省の図書館に行き、その判例が掲載されている最高裁判所の前身・大審院の民事判例集と一、二審の記録も探して資料としました。