下手でも何でもやってみる。体に汗をかき、脳を刺激することなら、精神はリフレッシュする。そうして新しい自分を作ってから、自分のやるべきこと、またはやって来たことに再挑戦するのだ。学問や仕事に向かっていけばいい。それも何かモチベーションとなる夢を見いだして。きっと大野のように前進することができるだろう。
大野は再び魂を込めて柔道に向かっていった。深遠な柔らの道を究めたいと前に進み出したのだ。
大野を襲う悲観と不安
2019年8月、東京で行われた世界選手権に3度目の優勝を成し遂げる。さらに2020年に入るや2月のグランドスラム・デュッセルドルフ大会で優勝、強化委員会の満場一致で東京オリンピックの日本代表に内定した。
「自分、そして周りが思っている以上に2連覇は難しいこと。やるべきことは今までと変わらない。覚悟をもって準備するだけ」
大野は「覚悟」という言葉を使う。茶道で得た武士道にも通ずる、命懸けを意味しているのだろう。命懸けで稽古し、命懸けで試合に臨む。国を代表する選手として自分がするべきことはただそれだけというわけである。
しかし大野のそうした思いを打ち砕くような世界情勢が日本を襲う。コロナウイルスである。覚悟を持って臨んだ東京オリンピックが1年延期することになったのだ。
コロナによって相手と密着する柔道は試合はおろか乱取りさえできなくなる。自分一人だけの稽古。孤高を標榜する大野がまさに「孤高の人」となった。それでもオリンピックは近づいてくる。2021年に入ると、コロナが一向におさまらないことから、そのオリンピックさえ開催が危ぶまれる。こうした状況の中で、絶対的な強さを身につけてオリンピック2連覇を目指す大野はいかなる心境だったのか。
「昨年からずっと悲観的な気持ちで過ごしてきました。不安でいっぱいでした」
9分26秒にも及ぶ激闘
圧倒的な実力を持つ大野でさえ、大きな不安を抱えた東京オリンピックだった。開会式のあと、競技は柔道から始まる。男子は60kg級で髙藤直寿、次の66kg級で安部一二三が金メダルを獲得し、いよいよ大野の出番、73kg級となった。
1年半ぶりの対外試合。まさにぶっつけ本番だった。緒戦となる2回戦を得意技の内股で一本勝ちすると、3回戦は横四方固めで一本勝ち、準々決勝はリオ五輪決勝の相手だったアゼルバイジャンのルスタム・オルジョフを内股と大内刈りの合わせ一本で退けた。
準決勝はモンゴルのツォグトバータル・ツェンドチルを延長のゴールデンスコアで小外掛けの技ありを奪って勝利する。決勝はロンドン五輪と直近の世界選手権の覇者であるジョージアのラシャ・シャフダトゥアシビリ。大野は指導をふたつもらい後がなくなるが、延長の末、支え釣り込み足で技ありを奪って金メダルを獲得した。9分26秒にも及ぶ激闘だった。