「注意」に余裕がなくなれば、大きなゴリラさえ見落とす

さて、実験動画をご覧になったでしょうか? 

そうです。この実験はパスの数を正確に答えられるかどうかに関する実験ではありません。

ゴリラは中央で胸を叩いて存在をアピールするほどなのですが、半数以上の人はゴリラの存在に気づきません。ボールよりもはるかに大きいゴリラを見落としてしまうのです。

なぜ、画面の真ん中を堂々と横切るゴリラを見落としてしまうのか? 「いくら、ボールに気を取られていても、さすがに気づくのでは?」と思うかもしれません。確かにただ、ボールの行方を追いかけるだけであれば、ゴリラに気づいたでしょう。

でも、この実験では、それだけでなく、黒シャツチームのボールを無視しつつ、白シャツチームのパスの数を忘れずに覚えておいて、足し算していく必要がありました。これが限られた「注意」を奪い、その結果、ゴリラに向ける「注意」がなくなってしまうのです。

「たったそれだけで注意はなくなるの?」とびっくりされるかもしれませんが、われわれの脳が持つ「注意」の数はせいぜいその程度。その「注意」がなくなると、あっさり大きなゴリラでさえも見落としてしまうほど、脳は「ミスを起こしやすいメカニズム」なのです。

写真=iStock.com/ThitareeSarmkasat
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ミスをなくすには「注意を有効に使う」ことが必要

ミスをなくすために必要不可欠な「注意」。その一方で、限られている「注意」の数。実際は「気をつけよう!」ではなく、「『注意』を有効に使おう!」が正解です。

では、どうすれば「注意」を有効に使い、ミスをなくせるのか? そこに入る前にもう1つ、「注意」を必要とする重要な働きを知っておきましょう。

それは「ワーキングメモリ」。何かの目的のために情報が一時的に記憶され、処理される領域です。

先ほどの実験では、バスケットボールのパスを数えるため、それまで行われたパスの数を記憶し、パスが行われるたびに1を足していく処理が必要となりますが、それを行っているのが「ワーキングメモリ」です。

この「ワーキングメモリ」を支えているのが「注意」です。これを実感してもらうために、今、以下の数字を覚えてもらえますか?

「5」・「3」・「9」・「1」・「7」・「2」・「6」・「4」・「9」……。

どうでしょう? 最初は楽に覚えられても、だんだんと頭が一杯になり、きつくなったのではないでしょうか? まさに今、あなたは「ワーキングメモリ」に情報を一時的に記憶したのですが、これは、一つひとつの数字に「注意」を向け、つかむことで記憶しています。このため、「注意」の限界が「ワーキングメモリ」の限界になります。もし「注意」がほかのことに奪われ、離れてしまったらすぐに忘れてしまいます。「注意」に余裕がなければ、覚えようにも覚えられないのです。