苦いビールは消化促進にも一役買っている
それにしても、なぜ毒のシグナルともいえる苦味を人は求めるのか?
それには、胃にも苦味のシグナルをキャッチする苦味受容体が存在することが関係していると考えられています。苦味を感知すると胃酸分泌など消化が促進されることがわかっており、それが、人が苦味を求める所以であるというわけです。実際、胃薬の研究では、舌のうえで苦味を感じ、胃でも苦味を感じると、よりその効果が出る(オブラートに包んで飲むと効果減)ことが報告されています。つまり良薬口にも胃にも苦くなくてはいけないのですね。ともあれ、苦いビールは消化促進にも一役買っていることがわかります。
このように、おいしさには、味やにおい、食感だけでなく、内臓感覚や食後体感もとても重要なのです。現代では積極的に飲酒の場を設けることの難しさがあったり、きっかけがないと「嫌いな酒」を飲む機会もなかなかありません。しかし、貴重なその場に酒の文化背景や知識を正しく、そして「楽しく」伝えられる人がいれば初心者の強い味方となるでしょう。なお、酒の食後体験としてよくあることは、「二日酔い」ですが、トラウマになった食経験を修復するのはなかなか大変ですので気をつけましょう。
ビールには苦味だけではなく酸味も甘味もある
さて、苦い酒の代名詞であるビールのおいしさについて考えてみましょう。これには「個人の嗜好性」が大きく影響してきます。ここでは、日本人が想像する「ビール」、つまりは黄金色で透明な「ピルスナービール」に的を絞って話していきます。ビールの味の構成を考えると人間の嫌いな味である「苦味」「酸味」に加え、「甘味」等を楽しむ世界ですので飲めない人にとっては理解しがたい味わいなのではないでしょうか。「酸味? 甘味?」と思った方は文章をよく理解し、読んでくれている方です(笑)。
まずは主役の「苦味」は頭の片隅において、酸味に注目してみましょう。実はビールには酸味物質が意外にもたくさん入っており、酸っぱいのです。そしてドライでクリアな味わいともいわれるピルスナービールにも甘味やうま味物質がたくさん入っており、これらが酸味をうまくマスキングしてくれているのです。そして酸味や甘味やうま味を醸造家が調整することでドライな味になったり、リッチな重たい味わいになったりするのです。
炭酸ガスも味に作用してきます。炭酸ガス自体が酸っぱい味わいであることや、三叉神経系への刺激などによりスッキリした、ドライな味わいに感じます。最近では窒素ガスで押し出すビールもあり、その味わいが炭酸ガスにくらべまろやかに感じるのは酸味が少ないがゆえでもあります。
それでもビールが酸っぱいなんて、にわかには信じがたい……という方はギムネマ・シルベスタ茶というお茶を買ってみましょう。このお茶を濃い目に煮出し、30秒ほど口に含んでみてください(ギムネマ茶を口に含む前にビールの味を確認しておきましょう)。
このお茶にはギムネマ酸という物質が含まれており、舌にある甘味受容体を塞ぐので甘味物質や甘味アミノ酸、人工甘味料などの甘味を感じなくなります。ですから、砂糖を口に入れると、砂を噛んでいる感じがします。
こういった味を変えてしまう物質のことを味覚修飾物質といいます。歯を磨いた後でオレンジジュースを飲んでまずい! と感じたことがある方も多いかと思うのですが、これは歯磨き粉の界面活性剤であるラウリル硫酸塩というものがギムネマ酸のように作用し、甘味を低減することでオレンジジュースがおいしくなくなるのです。その他にも味覚修飾物質といえば、酸っぱいものを甘く感じさせる(正確には酸っぱいと甘く感じる)ミラクルフルーツが有名です。