役人生活の中で、本当に責任をもって自らの判断によって物事を決めて仕事を行ないうる期間は限られている。役人生活の大部分は、係長、課長補佐、審議官として、課長または局長を補佐する立場である。補佐する立場にある以上、その決定権者が決めたことについては(もちろん決めるプロセスには参加するものの)たとえ自分の考えと異なっていても従わなければならない。

ところが、局長や課長のポストにいる間は、最終的に自分の考える方向で仕事ができるのである。当人たちはそのポストにいたるまでの間に、自分がそういう立場になったらあれもしたい、これもしたいと考え研鑽を積んできたはずである。

特に有能といわれる役人にいたってはその日に備えて密かに勉強をし、その実行の戦略も考えてきたはずである。その成果を比較的短い在職期間になんとか実現したいと考えるのも当然であろう。もちろんそれを実現することによってさらなる昇進を目指すという考慮も働いているであろう。

部下として心得(う)べきことは、自分の上司は、上位にあればあるほど、その仕事に対し打ち込んでおり、部下からみれば異常なほどその仕事に執念を燃やしているということである。したがって、部下としては、これらの上司が下すさまざまの指示や宿題にはその格別の思いが込められていることを知らなければならない。「ああ、またつまらない宿題が出た」などとは、あだや疎かに思ってはならない。

上司を使ってやりたい仕事を成し遂げる

ここまで読んでこられた読者は、「なんだ、『役人道入門』の説く上司への仕え方というのは、ただひたすらその上司の意向を忖度し尊重してそれに仕えよと説くだけではないか」という疑問をもたれるかもしれない。ところが、部下と上司との関係はそれほど一方的なものではない、部下は上司をうまくリードすることによりその上司の持ち味を十分引き出してうまく仕事をさせることができる。のみならず、部下は上司を使うこともできる。

これを理解するためには、役人の組織の下では、そのランクが低いときであっても、現実の政策決定に予想以上に大きな影響力を発揮することを自覚することが必要である。事実、係長、課長補佐ともなると、自ら気づかなくとも、その同僚や上司から思いがけないほど頼りにされており、時として、その上司は、局長といえども、その部下の判断を踏まえながら行動しているのである。