説得する「相手」を意識した内容を
説得の相手方は、世間ばかりではない。他の省庁、あるいは同じ役所の他の部署がこれに異を唱えることもよくあることである。たとえば景気拡大のために減税が必要であるということであれば、税を担当する部局は賛同しないことが多いし、歳出を司る財政当局も本能的に反対することが考えられる。これらの関係者に向かって、なぜ、この程度の、このような内容をもった減税が、このタイミングで必要であるかを説かなければならない。
この説得の文書の大切な点は、その説得の相手方を意識した、それにふさわしいものとすることである。その表現方法、説明の論理、組み立て方もそれぞれの相手方にふさわしいものでなければならないし、それぞれのもっている関心事項に視点を定めたものでなければならない。
経済学に造詣の深い人には、経済の現状の分析やとるべき措置について、経済学的分析に十分耐えうる説明をしなければならない。将来の税収を気にする人に対しては、その減税措置が将来多少の増収をもたらすかもしれないことに言及しなければなるまい。日頃から役人の文章に慣れていない人に対しては、多少の記述方法の不正確さには目をつぶっても、場合により多少の誤解を受けることを覚悟してでも、わかりやすい説明とすることに意を用いなければならない。
いずれにしても、説得の文書は、政策決定および政策実施のプロセスで大変重要な文書である。そして開かれた行政、わかりやすい行政が強く指向されているこの時代に。この文書の重要性はますます高まっている。
西日本シティ銀行会長
1942年生まれ。福岡県出身。66年、東京大学法学部卒業、大蔵省(現・財務省)入省。69年、オックスフォード大学経済学修士。税制改正、財政投融資計画、省内調整などを手がけた後、サミットや蔵相会議などの国際金融交渉にかかわり、議長として95年の日米金融協議をまとめる。国際金融局次長、関税局長を経て国土庁事務次官を最後に退官。現在、西日本シティ銀行会長および西日本フィナンシャルホールディングス会長。著書に『新しい国際金融』(有斐閣)、『日米金融交渉の真実』(日経BP社)など。