2021年11月号の『文藝春秋』に財務省の矢野康治事務次官(当時)が「財務次官、モノ申す――このままでは国家財政は破綻する」と題した論文を寄稿したことが話題になった。この論文を財務次官経験者たちはどう見ていたのか。経済ジャーナリストの岸宣仁さんが3人の次官経験者に聞いた――。

※本稿は、岸宣仁『事務次官という謎 霞が関の出世と人事』(中公新書ラクレ)の一部を再編集したものです。

国会議事堂
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異例の寄稿「財務次官、モノ申す」

謎の多い事務方トップの役割について、古今の事例に基づきながら迫ってみたい。まず、最初にご登場いただくのは、財務省の矢野康治前事務次官(85年)である。矢野が現職だった当時、月刊誌『文藝春秋』(2021年11月号)に寄稿した論文が各方面に波紋を広げたことは記憶に新しい。現職次官が雑誌に自らの意見を発表するのは異例中の異例であり、そのタイトルの過激さからして反響をより大きなものにした。

「財務次官、モノ申す―このままでは国家財政は破綻する」

財務次官にいきなり「財政破綻」と言われると返す言葉がないが、10ページにわたる論文は国家財政への危機意識で貫かれている。どんな内容が書かれていたのか、初めに論文の柱を紹介するが、冒頭から息遣いも荒く話が始まる。

「最近のバラマキ合戦のような政策論を聞いていて、やむにやまれぬ大和魂か、もうじっと黙っているわけにはいかない。ここで言うべきことを言わねば卑怯でさえあると思います」

高校までを山口県で過ごした

雑誌が発売されたあと、「バラマキ合戦」という言葉が一人歩きし、とくに政界から激しい批判の声が上がった。ちょうど衆議院選挙の公示を間近かに控え、与野党双方からコロナ対策を名目にした巨額の財政出動を求める声が日増しに高まっていた時期だけに、話題が話題を呼ぶ効果を生んだ。

同じく、この文章にある「大和魂」にも触れておく必要がある。矢野は一橋大学出身の初の財務事務次官として知られるが、高校(下関西)までを山口県で過ごした。山口県出身者には幕末の思想家、吉田松陰を敬愛する人が多く、「大和魂」のフレーズも彼の詠んだ辞世の句「身はたとひ武蔵の野辺に朽ちぬともとどめ置かまし大和魂」から採ったもので、世直しに懸ける松陰の激しい情念を素直に表している。

さて、そのバラマキ合戦の結果、いかに財政が深刻な状態にあるかを数字を駆使して訴える。

数十兆円もの大規模な経済対策が打ち出されるとともに、一方で財政収支黒字化の凍結が訴えられ、さらには消費税率の引き下げまでが提案されている。この時点で、すでに国の長期債務は973兆円、地方の債務を合わせると1166兆円にものぼる。わが国の財政赤字(一般政府債務残高/GDP=国内総生産)は256.2%と、第二次大戦直後を超えて過去最悪であり、他のどの先進国よりも劣悪な状態になっている(ちなみにドイツは68.9%、イギリスは103.7%、アメリカは127.1%)。