現在の日本は、中国やロシア、北朝鮮の「脅威」に直面している。評論家の江崎道朗さんは「防衛力の強化だけでなく、情報を収集・分析するインテリジェンスも重視すべきだ。戦前の日本には優れたインテリジェンス能力があったが、当時の政府は十分に活用できなかった」という――。

※本稿は、江崎道朗『ルーズヴェルト政権の米国を蝕んだソ連のスパイ工作』(扶桑社)の一部を再編集したものです。

最高機密
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ソ連崩壊後、明らかになった「秘密」工作

「なぜ第二次世界大戦当時、ルーズヴェルト政権は共産主義を掲げるソ連に好意的だったのか」

この疑問に答える機密文書が、ソ連の崩壊後、次々に公開されるようになった。

1989年、東西冷戦のシンボルともいうべきドイツのベルリンの壁が崩壊し、東欧諸国は次々と共産主義国から自由主義国へと変わった。ソ連も1991年に崩壊し、共産主義体制を放棄し、ロシアとなった。

このソ連の崩壊に呼応するかのように世界各国は、情報公開を始めた。第二次世界大戦当時の、いわゆる外交、特に秘密活動に関する機密文書を情報公開するようになったのだ。

ロシアは、ソ連・コミンテルンによる対外「秘密」工作に関する機密文書(いわゆる「リッツキドニー文書」)を公開した。この公開によって、ソ連・コミンテルンが世界各国に工作員を送り込み、それぞれの国のマスコミや対外政策に大きな影響を与えていたことが立証されるようになったのだ。

マスコミ、労組、政府、軍にスパイを送り込んだ

1917年に起きたロシア革命によって、ソ連という共産主義国家が登場した。このソ連は世界「共産」革命を目指して1919年にコミンテルンという世界の共産主義者ネットワークを構築し、各国に対する秘密工作を仕掛けた。世界各国のマスコミ、労働組合、政府、軍の中にスパイ、工作員を送り込み、秘密裏にその国の世論に影響を与え、対象国の政治を操ろうとしたのだ。

そしてこの秘密工作に呼応して世界各地に共産党が創設され、第二次世界大戦ののち、東欧や中欧、中国、北朝鮮、ベトナムなどに「共産主義国家」が誕生した。その「秘密」工作は秘密のベールに包まれていたが、その実態を示す機密文書を1992年にロシア政府自身が公開したのである。

「ああ、やっぱりソ連とコミンテルンが世界各国にスパイ、工作員を送り込み、他国の政治を操ろうとしていたのは事実だったのか」

ソ連に警戒を抱いていた保守系の学者、政治家は、自らの疑念は正しかったと確信を抱き、「ソ連はそんな秘密工作などしていない」と弁護していた、サヨク・リベラル派の学者、政治家は沈黙した。