※本稿は、安倍晋三【著】、橋本五郎【聞き手】、尾山宏【聞き手・構成】、北村滋【監修】『安倍晋三 回顧録』(中央公論新社)の第9章「揺れる外交 米朝首脳会談、中国「一帯一路」構想、北方領土交渉 2018年」を再編集したものです。
※肩書は当時のものです。
北朝鮮に制裁を続けるべきだと思っていた
――日本は長年、北朝鮮に対して圧力路線で臨んできました。輸出入の全面禁止や船舶の入港禁止といった制裁を行ってきたほか、ミサイル発射に対しては、国連安全保障理事会の非難決議採択を各国に働きかけた経緯があります。韓国側の説明を受けて、日本も対話路線に転換した方がいいと思いましたか。
私は、制裁を続けるべきだと思っていました。米国の軍事的な圧力は北朝鮮に効いている。だから北朝鮮は韓国の仲介に乗ってくるわけで、もう少し制裁を続けるべきだ、と。でも、トランプはそうではなかった。米朝は直前までツイッターで互いに激しく罵倒し合っていたにもかかわらず、突如として対話路線に舵を切ったわけです。3月、トランプが「金正恩に会う」と明言したので、すぐにトランプと電話で会談しましたが、トランプの頭の中は、すでにディール・モードになっていました。
トランプ氏は米国の安全保障チームの主張を聞き入れなかった
――4月17~18日にかけて米フロリダを訪問し、トランプ氏の別荘で首脳会談を行いました。核・弾道ミサイルの「完全、検証可能かつ不可逆的な廃棄」を目指す方針で一致したと伝えられています。
私はトランプに、「在韓米軍を撤退させてもらっては困る。米朝首脳会談をやるならば、拉致問題解決の必要性もしっかり言ってもらいたい」と述べました。「完全、検証可能かつ不可逆的な非核化」を意味するCVID(Complete, Verifiable and Irreversible Denuclearization)は、日米共通の目標であり、しっかり実現しなければならない、とも強調しました。実は会談前に、米国の国家安全保障会議(NSC)のメンバーから、「ミスター安倍からトランプに、しっかりCVIDを守るように言ってほしい」と繰り返し要請されていたのです。トランプは米朝首脳会談に前のめりになっていたので、米国の安全保障チームの主張を聞き入れようとしなかったのでしょう。
でも、この時の会談で、トランプは私の話に対して「分かった」とは言わないのです。大きなディールを控えている時に、俺の背中に荷物を乗せるな、という感じでした。