「交渉の情報はすべて私に集約し、判断は私がする」
――18年の夏から秋にかけては、北村滋内閣情報官が、モンゴルやベトナムで北朝鮮の情報部門である朝鮮労働党統一戦線部幹部と接触した、と繰り返し報じられました。北朝鮮との交渉にはどのような方針で臨んだのですか。
北朝鮮は独裁政権ですから、外務省の局長や閣僚レベルで協議を重ねて、首脳合意につなげていく、という一般的な外交交渉が通じません。独裁者1人が判断するのだから、独裁者に近い人物に接触し、日本側の考えを正確に伝えていくことが重要になります。
拉致は犯罪ですから、基本的に北朝鮮の外務省のテリトリーではないのです。工作員やスパイの情報を扱っている情報部門を交渉相手にしなければならない。その中で、金正恩や、妹の金与正に近い人物を探ったわけです。
もちろん北朝鮮外務省の中にも、日本との交渉は大事だと考えている人物がいました。例えば、外交官の宋日昊(ソン・イルホ)国交正常化交渉担当大使は、危ない橋は渡ろうとはしないけれど、交渉をまとめようという意欲がありました。日本と関係を改善し、02年に小泉純一郎首相と金正日国防委員会委員長が合意した日朝平壌宣言を履行することになれば、北朝鮮は大きな経済協力を引き出せるわけです。宣言には、無償資金など様々な経済協力が盛り込まれていますから。
使えるルートはすべて使う。そして、交渉の情報はすべて私に集約し、判断は私がする。そういう考えで臨んでいました。
ただ、時を経るごとに交渉が難しくなっていくとも感じていました。拉致に関与した関係者は、いなくなっていくわけですから。発生当時にもう少し政治が適切に対処していれば、と悔やまれます。