ロシアは世界でどのような諜報活動を行っているのか。ジャーナリストの池上彰さんは「プーチン大統領以降、スパイではなくインターネットを使った工作を得意としている。アメリカの大統領選やイギリスの国民投票に大きな影響を与えた」という――。(第2回)

※本稿は、池上彰『世界史を変えたスパイたち』(日経BP)の一部を再編集したものです。

ロシアのプーチン大統領=2023年3月8日、モスクワ
写真=SPUTNIK/時事通信フォト
ロシアのプーチン大統領=2023年3月8日、モスクワ

なぜロシアは圧倒的速さでクリミアを攻略したのか

膨大な情報を収集、発信できるインターネットをインテリジェンスに活用しようと考えるのは、アメリカだけではありません。プーチンが大統領就任後、力を入れていたのがインターネット戦略です。

プーチンは2000年代に旧ソ連地域で起きた民主化運動を「西側が起こしたものだ」と捉えていました。冷戦期のCIAの政治工作を思い起こせば、プーチンがそう思い込むのも無理はありません。

そこで、対抗策として、インターネットでの影響力工作に乗り出します。プーチンからすれば、ネットを使って西側諸国や旧ソ連地域に攻撃を仕掛けるのは、あくまでも西側の影響力を削ぐための防御なのです。

2014年のクリミア侵攻時には、実際の軍隊の侵攻前にウクライナに対してサイバー戦を仕掛けました。

インフラなどを中心にシステムをダウンさせ、国民に対しては携帯電話に偽情報のメールを送り付けて混乱に陥れて軍事行動に移り、あっという間にクリミア半島を手中に収めました。

世論形成や政治決定に影響を及ぼす

こうしたサイバーと実際の軍事力を合わせたロシアの戦い方は「ハイブリッド戦争」と呼ばれ、21世紀の新しい戦争の形だと大きな話題になりました。特にウクライナ国民向けの偽情報の流布は、ウクライナ国内にロシアがソ連崩壊後も持ち続けていた拠点が発信地になっていたと言われています。

ウクライナも旧ソ連の一員ですから、KGBの中でも国内治安を担当する部署、つまりソ連崩壊後にFSBの第2総局になった部署のウクライナの出先機関や人員がそのままとどまっていた。そうした人々がウクライナ国内の情報をかく乱していたのです。

さらにロシアの情報戦略にはウクライナなど旧ソ連だった国や地域だけでなく、西側諸国に対しても、偽情報を流して世論形成や政治決定に影響を及ぼそうというものが含まれていました。