「タイタニック号が氷山に向かって突進しているようなもの」

GDPの二倍を優に超える膨大な借金を抱えているのに、さらに財政赤字を膨らませる話ばかりが飛び交う現実を、かつてのタイタニック号事件になぞらえてこう注意を喚起した。

「あえて今の日本の状況を喩えれば、タイタニック号が氷山に向かって突進しているようなものです。氷山(債務)はすでに巨大なのに、この山をさらに大きくしながら航海を続けているのです。タイタニック号は衝突直前まで氷山の存在に気づきませんでしたが、日本は債務の山の存在にはずいぶん前から気づいています。ただ、霧に包まれているせいで、いつ目の前に現われるかわからない。そのため衝突を回避しようとする緊張感が緩んでいるのです」

タイタニック号と氷山と3Dイラスト
写真=iStock.com/MR1805
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官僚として、さらに言えば官界最高峰の財務事務次官として、国家財政への危機意識がストレートに伝わってくる。誰かが意を決して言わなければ、ただただ政治に流されてしまう現状に、どこかで歯止めをかけたい必死の思いが行間から滲み出てくる文章でもある。

官僚の対外的主張はどこまで許容されるか

恐らく清水の舞台から飛び降りる覚悟で発表した論考だと推察するが、この寄稿文には二つの問題が内在している。一つは、政と官の関係において官僚の対外的な主張がどこまで許容されるか。もう一つは、事務次官という立場が発するメッセージへの国民の受け止め方だろう。

前者の政治と官僚の関係については、矢野自身が触れている部分がある。“カミソリ後藤田”の異名を取り、名官房長官と称された後藤田正晴が、内閣官房の職員に訓示した、いわゆる「後藤田五訓」を引き合いに次のような見解を明らかにした。

まず、五訓にある「勇気をもって意見具申せよ」を引きながら、大臣や国会議員に対してただ単に報告や連絡を迅速に上げるだけでなく、それに的確に対処する方途について臆せずに意見すべきであると主張する。ただし、国民の投票によって選ばれる政治家に対し、落選や職を失うリスクのない官僚は、あくまで選択肢の提供者としての立場を守るべきであり、これも五訓にある「決定が下ったらそれに従い、命令は実行せよ」は役人の常道だと受け止める。