普通の史料から、当時の人々の論理を引き出す
振り返ると、藤木先生から僕が学んだのは、歴史を研究する面白さと、研究者としてあるべき態度だったのだと思います。
既成概念に縛られないこと、そして、現代の常識から歴史を見ないこと――。
古文書を読みながらさっと流してしまうような箇所に、実は中世の人々の価値観や社会を理解する上で、とても大事なことが書かれている。われわれにとっては合理的に思えない条文であっても、彼がなぜそこにこだわったのかを一から考え、見方を変えると新たな世界が開けてくる。
ときおり誤解されるのですが、歴史研究における醍醐味とは新しい史料を見つけたり、天地がひっくり返るような新説を生み出したりすることではありません。むしろ自分の中にある既成概念を取り払い、これまで誰もが読んできた史料から、当時を生きた人々の論理を引き出してくることが、歴史研究の何よりの面白さだと僕は思っています。
歴史の研究をしていて最も心地良いのは、ああでもない、こうでもないと様々な可能性を検討しながら、史料を一からめくり直している時間です。大よそ考えつかないような可能性をも含めて検討し、一つひとつの可能性を取捨選択していく楽しさが、この分国法の研究には確かにあったと感じています。
明治大学商学部 教授
1971年生まれ。立教大学文学部史学科卒業。早稲田大学大学院文学研究科博士後期課程単位取得退学。博士(文学)。専門は日本中世社会史。「室町ブームの火付け役」と称され、大学の授業は毎年400人超の受講生が殺到。2016年~17年読売新聞読書委員。著書に『喧嘩両成敗の誕生』、『日本神判史』、『耳鼻削ぎの日本史』などがある。