認知負荷を下げる3要素「シンプル」「明快」「親近」
脳に対する認知負荷が低い課題(=情報)の特徴として、「シンプル」「明快」「親近」の3つの要素があります。一方、認知負荷が高い情報については、その逆を考えればいいわけで、「長大」「難解」「初見」になるでしょう。そうした認知負荷が高い情報が脳の中に入ってくると、第2話で紹介したワーキングメモリは、テーブルの上に乗っていた情報を片付けて、新たな対応をしなくてはいけません。そこで、もどかしさやイライラ感が生じてきます。
その認知負荷が高い情報の3つの特徴がもたらす共通した結果に、「見えない」があります。「話が長くて先が見えない」「話の内容が難解で、何が言いたいのか見えてこない」「初めて触れる内容の話で、どう対応したらいいのかすぐにわからない」──。それゆえ、認知負荷が余計にかかってきます。
そうした見えない部分の情報を取ったり理解したりしようとして、人間は無意識のうちに「行間を読む」という行為をしています。普段の打ち合わせの場で、相手の目線やちょっとした仕草から、相手がどんな気持ちでいるのかを、私たちは読み取ろうとしています。これが、行間を読むことの代表例です。
コロナ禍で多くの会社では、在宅勤務に移行して、オンライン会議が導入されました。複数人のメンバーが自分を見ているというだけでもそれまで体験してきた会議とは様子が違う感覚であったことに加えて、分割されたディスプレイ上に同時に現われると、そうした相手の目線や仕草がわかりづらくなります。「相手の真意がなかなか伝わってこない」「自分の言ったことが本当に理解されているのか不安だ」といった声があがった背景には、オンライン会議に不慣れであったことに加えて、行間を読むことが難しくなったことも影響していたのです。
初対面の人と会うとなぜ疲れるのか
また、初対面の人と会ったときに、すごく疲れてしまう人が多いと思います。3月から4月にかけては人事異動の時期ですが、新しい上司を迎えたり、部署の異動があったりすると、新しい環境に慣れるまでは、とても疲れますよね。
いま自分が目のあたりにしている情報以外に存在する情報が、見えにくいことにより、そこに想像を巡らせたり行間を読んだりという作業をしなければならないからです。
新しい上司が自分にとってどのような存在であるのか、つまり敵なのか味方なのかが見えていないうちは、どこまで自分の本音を打ち明けながら仕事を進めていいのかも見えません。そこで、上司の言動から一生懸命に行間を読み取ろうとするわけです。
こうした作業を通じて、だんだんお互いに理解を深めていくわけですが、その過程で手探りをしている間は、認知負荷が高い状態が続き、そのため新しい環境は疲れやすいのです。
では、普段の職場での活動において、部下の認知負荷を高めないようにするために、上司はどのような点に注意していけばいいのでしょうか。
第2話でご説明しましたが、ワーキングメモリは、入ってきた情報をとりあえず脳の中の作業テーブルの上に置いておき、それがどういう意味を持つのか理解していく処理を行なっています。それを「認知」というのですが、そのプロセスに負荷がかかるのです。それが、認知負荷の理論です。
長くて難解な文章の情報が脳に入ってくると、自分がこれまで蓄積してきた記憶情報と照らし合わせてその意味を理解する処理に手間取ります。ワーキングメモリという、容量が限られたリソース(資源)も、そちらに割り当てられながら情報処理を進めるようになります。認知負荷が高い状態です。
上司からの指示は「見える化」が必要
そのことを理解したうえで上司にとって大切なのが「見える化」を図っていくことです。それには、認知負荷を低くさせる「シンプル」さや「明快」さを、追求していくことがポイントになります。
たとえば、「これまでチームで当期目標を30%も下回る成果しか上げてこられなかったのは、チームの活性化が徹底されていなかったからであり、メンバー同士の円滑なコミュニケーションが必要だ」と上司が言ったところで、部下たちは戸惑うだけでしょう。
「活性化」と「円滑なコミュニケーション」と言われても、具体的にどのようなものなのか、部下には見えてこないのです。活性化とは、「新しい営業企画を出すこと」なのか、それとも「顧客へのアプローチ回数を増やすこと」なのか。
円滑なコミュニケーションとは、「お互いの意見を忌憚なくぶつけ合うこと」なのか、それとも「出退時にきちんと挨拶すること」なのか。具体的に何をすればいいのか、部下たちにはわかりません。
シンプルさを優先して単純明快に話したつもりが、具体性がないと、実は認知負荷が高い状態になってしまいます。「よく見えない」部分を補おうとして脳のリソースを余計に食ってしまうと、本来の課題をこなすリソースが少なくなってしまいます。さらに、伝えたいことが伝わりにくいとか、誤解されるなどの現象が起こり、フラストレーションが生じて、チームのパフォーマンスが落ちてしまうかもしれません。
上司は思いつきでものを言ってはいけない
上司は、自分の問題意識や今後の方針について、思いつくまま話すのではなく、まず本質的なところまで掘り下げて考えるべきです。そのうえで、抽象的だったり曖昧だったりする言葉ではなく、具体的な内容を短い言葉でつなぎながら、明快に伝えていくことが重要なのです。
たとえば、「当期目標の100%達成を実現する。それには、個々のメンバーが日々の営業活動で得た情報を、全メンバーで共有することで、チーム全体の一体感を高めることが必要だ。そこで、明日から毎朝15分間のミーティングを全員参加で行ない、情報共有の徹底を図る。前日分の日報は前日中に全員で共有しておくように」といったスタイルです。何のために、具体的に何をすべきなのかが見えて、部下は即行動に移しやすくなります。
すなわち、「見える化」ととともに、具体的に何をするのか「細分化」された情報を、部下に伝えることができます。また、そこに「日報」や「ミーティング」など、普段から行なっている親近的なアクションを情報として組み込むことで、部下の「自分にもできる」という気持ちを醸成し、その後の行動につなげやすくするのです。
指示の「細分化」「見える化」がフローをつくる
そうした一連の行為は、課題を効率よく解決していくタスクマネジメントそのものであることがわかります。ここで、第1話のフロー理論を思い出してください。フローに入る7つの条件がありましたが、そのうちの①②③と⑦について、この上司は満たそうとしていたのです。
② どれくらいうまくいっているかを知ること──すぐにフィードバックが得られる。
③ 挑戦と能力の釣り合いを保つこと──取り組むことが易しすぎず、難しすぎない。
⑦ 自己目的的な経験としての創造性──取り組んでいることに本質的な価値を見出し、取り組みが苦にならない。
これはあくまでも「細分化」「見える化」の一つの例としてあげたもので、すべての職場に当てはまる事例ではないでしょう。しかし、当期目標の100%達成を掲げたうえで、情報共有によって相互に「感謝」というフィードバックが得られ、さらに知った者同士のミーティングの場において、自分の存在価値を改めて見出せるようになるであろうことを、部下に示しているわけです。
何よりも、脳の認知負担を軽減し、「これならやれるし、やりたい」という気持ちになった部下は、新たに始めた毎朝15分間のミーティングの場での集中力を高め、目標実現までに要する時間を短縮できるようになるでしょう。
脳の仕組みをもっと知って、職場で役立てていきたい──。そんな気持ちが湧いてきませんか?


