水産大手のマルハニチロは2026年3月1日、社名を「Umios」に変更する。長年親しまれてきた社名を変更するのはなぜか。背景には大規模な企業改革がある。社長の池見賢さんは「今変わらなければ我々に未来はない。そんな強い危機感と覚悟をもって挑んでいます」という――。
マルハニチロの池見賢社長
撮影=今村拓馬
マルハニチロの池見賢社長

2026年に本社を高輪ゲートウェイシティに移転

創業145年を迎えた水産食品業界の最大手、マルハニチロが大規模な企業変革に着手している。2024年に「社員が主役」の風土改革をスタートさせ、24年5月に本社移転、25年3月に社名変更を発表。26年には社名を「Umios(ウミオス)」に変え、本社も豊洲から高輪ゲートウェイシティに移すという。こうした変革の先頭に立っているのが、池見賢社長だ。

「今変わらなければ我々に未来はない。そんな強い危機感と覚悟をもって挑んでいます」

近年、日本の水産業界の事業環境は多くの課題を抱えている。少子高齢化で日本市場は大きく縮小しつつあり、天然水産資源も減少の一途をたどっている。国際情勢の不安定化に加えて円安も進み、先行きは不透明になるばかりだ。

水産資源の調達力に定評のあるマルハニチロも影響は免れず、池見社長は「次の100年を生き抜くための変革が急務だった」と語る。

「この先も皆さんから選ばれ続けるためには、人材育成に向けた風土改革や、企業としての新たなアイデンティティーの獲得が不可欠だと判断しました。社名変更や本社移転は、我々経営陣の“変革する覚悟”の表れでもあります」

「強者同士の統合」ゆえの課題

マルハニチロは、明治時代創業のマルハとニチロが合併して誕生した企業だ。いずれも当初は漁業会社であり、マルハは遠洋漁業や加工業に進出しながら長らく「大洋漁業」という名で、ニチロも同様に「日魯漁業」として成長してきた。

1977年、200海里水域制限によって遠洋漁業が縮小すると、これを乗り越えるためマルハは海外から魚を買い付ける水産商事へ、ニチロは商品開発や国内加工を手がける食品メーカーへと大きく舵を切る。そして30年後、両社は互いの強みを生かそうと経営統合し、総合食品企業「マルハニチロホールディングス」として歩み始めた。

だが、いずれも長い歴史を持つ業界のトップ企業。強者同士の統合ゆえに、器は一体化しても中身の融和は遅々として進まなかったという。

「統合後も、旧マルハと旧ニチロでは仕事の進め方や考え方から損益管理、業務システムまでほとんどが別々のままで、人事面での流動性もなく、業務も属人化する一方でした」

そんな状況に、当時の社長は「これでは経営統合した意味がない」と危機感を抱き、思い切った策に出る。両社の融和を進めるために、数ある子会社を統合して、現在に続く「マルハニチロ」を誕生させることにしたのだ。