「ヒートショック」という現象は医学の中にはない

入浴中の死亡事故がニュースになるたび、新聞やテレビをはじめ、多くのメディアが「ヒートショックに注意」という誤った報道を続けている。今冬もその文言を何十回も見聞きした。医師でさえヒートショックという言葉を使って入浴に関する注意を促している。

お風呂に体を浸し、足の先を出す人
写真=iStock.com/michellegibson
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だが結論から言うと、「ヒートショック」という現象は医学の中にはない。国内で生まれた造語のようで、国際的な病名には登録されていない。人口動態統計(厚生労働省)にヒートショックという死因は存在しないのだ。

それでは入浴中に死亡してしまう原因は何なのか。真相に迫る前に、多くの人が死因と思い込んでいるヒートショックについておさらいしよう。

暖かい居室から、冷えた脱衣所や浴室に行って服を脱ぐと血管が収縮して血圧が上昇し、その後に湯につかると徐々に血圧が下がる。そのような血圧の急変動に伴う体調不良をヒートショックと呼んで、心筋梗塞や脳卒中などを引き起こし、場合によっては死に至るとされてきた。

しかしながら2012年に行われた厚生労働省の大規模調査では脳血管・心疾患などはわずかで、別の原因が浮かび上がってきた。その調査結果をまとめた論文は19年、日本内科学会の英文誌などに発表された。現在では年間2万人超と推計される「風呂場の急死」の原因は、浴室内での「熱中症」と結論づけられたのだった。

実際に調査に携わった東京歯科大学市川総合病院教授で救急科部長の鈴木昌医師がこう説明する。

「急死の原因の多くは脳卒中や心疾患が多いとされています。ですから入浴中の急死もそうだろうと永らく考えられてきました。そして解剖しても死因が究明できなかったため、結論が出なかったのです。しかし本当に脳卒中や心疾患なら、急死に至らずに生存した人も多くいるはず。また入浴によって血圧が乱高下するというなら、そういった方々の血圧は非常に高いか、非常に低く観察されるでしょう。ですが調査結果は、そうではなかったのです」

調査は12年10月から13年3月の半年間に東京都、山形県、佐賀県で入浴に関連して119番通報に至った4593人を対象に行われた。そのうち「死亡」した1528人は、救急車の要請があった時点ですでに心停止だった。そのほか死亡しなかったが一人で風呂から出られず「救助が必要だった人」は935人、「体調不良」1553人、「怪我」577人。つまり、対象者のうち生存者は3065人。鈴木医師らを中心とした調査チームは「この生存者の体にどのようなことが起きていたのか」を調べれば、死因が推測できると考えた。そこで生存者に心電図や頭部CT検査を行ったが、脳血管・心疾患の痕跡はほぼ見られなかった。

「また血圧の値からもその可能性は乏しかったのです。生存者である3065人の血圧を調べると、大半が100~140mmHgの範囲に収まる正常血圧でした。生存者で収縮期血圧が200mmHgを超えた人は8%未満で、80mmHg以下の人も3%未満。血圧の急変動が命に関わる主要因である可能性は低いです」(鈴木医師)