キャリア形成コンサルタント 
伊賀泰代氏

【伊賀】シグナリングは確かに重要ですね。でも、将来仕事にありつけるようなことだけを学ぼうと多くの人が考えると、たとえばITやエネルギー、環境などを学ぼうとする人は増えるかもしれません。一方で、歴史や美術といった、お金に結びつきにくい学問をする人が減ってしまうと、この世界がつまらないものになりはしないでしょうか。

【グラットン】おっしゃる通りです。息子2人がそうですが、1人は医学を、もう1人は歴史を学ぶ……社会がそういう多様性を受け入れることが大切なのです。

【伊賀】もう1つ、先ほどの規制緩和の話ですが、企業が社員を解雇しやすくなると、社会全体として雇用が増える傾向になるのかもしれないけれど、自分が解雇されたら嫌だ、という人が大半だと思うのです。

【グラットン】個人としてはその通りだと思います。でもマクロで見ると、労働市場に過剰な規制がかけられていると、企業を起ち上げるのが困難になり、結果として、起業家育成の土台が阻害されてしまいます。雇用創出力の増大には、そうした小さな企業の立ち上げが一番寄与できるにもかかわらず、です。一国の経済を活性化させるには、やはり起業家、特に若手起業家の育成が非常に重要だと思います。

【伊賀】私もその通りだと思います。そういう起業家を育てる主体は大学なのでしょうか、それとも政府、あるいは家庭なのでしょうか。

【グラットン】そのすべてが大切ですが、社会風潮の問題もあります。たとえばシンガポールの優秀な若者の多くは政府に就職します。一方、インドでは優秀な若者ほど起業家になる傾向が強い。インド発の優良企業が増えているのも、そういう土壌があるからだと思います。

【伊賀】そうすると、イノベーションも新興国からたくさん生まれる可能性が高いということですね。

【グラットン】はい。新興国におけるイノベーションは、中国に代表されるように、コストダウンに関するものが非常に多かったのですが、これからは変わっていくでしょう。先進国の大企業が研究開発拠点を中国やインド、ブラジルに置く例が非常に増えてきたからです。今やアフリカからもイノベーションが生まれる時代です。ケニアでは携帯電話を使って少額の送金を行うシステムが開発され、よく利用されています。