建築家の岡啓輔さん(59)は、約20年かけ自力で鉄筋コンクリートビルを東京都港区に建てた。名前は蟻鱒鳶(アリマストンビ)ル。名前だけでなく、他の建物とは一線を画すデザインだ。なぜこのような建物をつくったのか。ライターの山川徹さんが聞いた――。(2回目/全3回)
蟻鱒鳶ル
撮影=プレジデントオンライン編集部撮影
蟻鱒鳶ル

自力でのビル建設でもっとも大変だったこと

――当初3年で完成予定だった蟻鱒鳶ルは、約20年かけてほぼ完成となりました。なぜ、そんなに歳月がかかったのでしょう。

着工当時は、鳶職、鉄筋工、型枠大工など職人として経験を積み、技術だけでなく知識も高まっていることを実感していたので、3年くらいでつくれるだろうと考えていたんです。しかし、それは甘かった。

設計から施工までひとりで行うセルフビルドですから、なんでもやらなければなりません。かつてぼくが鳶として現場で働いているときに「あの土工のオヤジ、ホウキ持ってるだけで楽そうだな」と感じていたような作業も全部やらなければならない。

通行人が思わず足を止める蟻鱒鳶ル。
撮影=プレジデントオンライン編集部撮影
通行人が思わず足を止める蟻鱒鳶ル。

毎朝、鼻息荒く現場にきて「今日はあれもこれも終わらせて」と考えてはいるんですよ。でも、その日が燃えるゴミの日なら、1時間くらいかけてゴミをかき集めなければならないし、苦情がきたら菓子折りを持って謝って事情を説明しなければならない。電球が切れただけでも、買い出しに行く必要がある。

現実問題として、そんなこまごまとした仕事に時間をとられるんです。

作業面でも金銭面でも思った以上に苦労しましたが、なにより大変だったのは自らに湧いてきた「意識」との戦いです。

構想時から、自分ひとりでやるわけだから、思いもよらない考えが芽生えるだろうという予感はありました。実際に、建設作業をはじめると、次々と浮かんでくる問題意識に一つひとつきちんと向き合わなくてはビルを建てられない、と感じるようになったんです。