日本でバレエで食べていくことは難しい。「谷桃子バレエ団公式YouTube」の映像ディレクターである渡邊永人さんは「バレエの世界に足を踏み入れると、華やかなバレエの世界とは程遠い、過酷な現実が容赦なく広がっていることがわかった」という――。

※本稿は、渡邊永人『崖っぷちの老舗バレエ団に密着したらヤバかった』(新潮社)の一部を再編集したものです。

コーヒーを提供する店員
写真=iStock.com/dima_sidelnikov
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安定したOL生活を捨て、プロバレリーナに

「今日から入居なので、まだ何もないんです」

家具も何もない、がらんとした6畳ほどのワンルームの部屋。アリスさんのバレリーナらしい部屋と比べると、あまりにも素っ気ない。

「今あるのはエアコンだけ。だから声が響き渡るんです」

殺風景な部屋とは対照的なカラフルなニットに身を包み、笑顔でハキハキと話す彼女は森岡恋さん、21歳。

アメリカのプロバレエ団に所属していたが、コロナが原因で日本に帰国。2年間の会社員生活を経ながらもバレエ復帰を決意し、心機一転上京して谷桃子バレエ団に入団した。これまでは知り合いの家に居候していたが、入団から1カ月経過したこの日、一人暮らしを始めるという。

「家賃は6万4000円です」

23区内のワンルームということで考えれば贅沢とは言えない金額だろう。お金はどう工面するのかと聞くと「自分で払います」とあっけらかんと話す。ニコニコ笑顔がトレードマークの恋さんだが、彼女の口から溢れる言葉にはどこか力強さがある。

安定したOL生活を捨て、プロバレリーナとして復帰する恋さん。自らの意志で決めたからには、親には迷惑をかけられない、自分のことは自分で面倒を見るのが当たり前。そう話す表情には迷いがない。その一方で、これからの生活の不安を自らの言葉でかき消そうとしているようにも見えた。

週5日くらいはカフェでバイト

「自分で払う」とは言うものの、入団して間もない現在は、舞台出演のギャラもなく、バレリーナとしての収入は0円だ。もっと言うと、団費なども含めたらマイナスになってしまう。

「当面の間、お金はどうするんですか?」
「今はカフェでアルバイトをしてます」

通常、バレエ団での練習は朝からお昼にかけてなので、終わったらカフェに直行して、夜まで働いているそう。まるで学校終わりにバイトへと向かう高校生のように。

「家賃に加えて光熱費とかも合わせたら本当にカツカツなので、多分来月からはもっとバイトを増やします。大体週5日くらい。増やさないと生活していけないので」

本当にそんなことが可能なのか、と僕は思った。ケロッとしたトーンで話すから、そんなに大変そうには聞こえないのだが、バレエの練習だって相当ハードだ。今日に至るまで何度かバレエ団の練習を撮影しているが、かなりの体力を使うことを僕も知っている。バレエ団の練習後に立ち仕事であるカフェバイトを週5日とは、とんでもない体力を要するだろう。

バレエをしたくて上京したのに、蓋を開けてみればカフェでコーヒーを淹れている時間の方が長いという現状について、どう思っているのか。

「もどかしいですよ。もちろんバイトの時間を練習に充てればもっと上手になれるはずだけど、そうかと言って練習時間にはお金は発生しないから、バイトをしないわけにはいかない。バレエよりもラテアートの腕がどんどん上達していくんです」