本当の「自己責任」とは
【養老】対人関係が苦手なのかな。死んだ人を解剖して、なんで気持ちが落ち着くのかって不思議に思うかもしれないけど、解剖したものというのは、全部自分がやったことだからね。手足がバラバラになっている。はじめはちゃんとした場所についているんだけど、解剖をしているうちにひどいことになっていく。でもそれもすべて自分がやったこと。
そういう世界が、自分にとっては楽だったんですよ。自分がやったことですべてケリがつく世界がね。僕はそれが本当の「自己責任」だと思う。エラい失敗しちゃったということがあっても、やったことは全部自分が引き受けなきゃいけない世界。誰のせいにもできない。
もう一つの理由は、勉強したかった。知りたかった。臨床医だったら患者さんが問題を抱えてくるでしょ。その問題を解決してあげるのが臨床医の仕事。ところが解剖医の前に問題を抱えた人はこないですよ。だから、自分で何が問題かを考えなきゃいけないわけです。それが解剖のいちばんの仕事。ものすごくやっかい。当時の自分が考えていたことは、問題が向こうからやってくるような臨床の仕事は怠けているんじゃないかということ。問題が来るのを待っていればいいだけだから、楽できる。それではダメだと。
解剖はいちばん居心地がよかった
【養老】パスツールっているでしょ。「ワクチン」の名付け親で、狂犬病、ニワトリコレラ、炭疽菌などのワクチンの開発に成功した細菌学者。彼は、生涯七つの仕事をしているんだけど、全部頼まれ仕事らしいんだ。それでもちゃんとした仕事になっている。こういうやり方もあるんだと思ってね。自分で問題を見つけていけば、もっとおもしろい仕事ができるのではないかと思ったんです。
【名越】そういう役割の方がしっくり来たんですね。
【養老】結局、自分の居心地で決めてるんです。解剖はいちばん居心地がよかった。だからネコが好きなんじゃないかな。
【名越】というのは?
【養老】ネコはほら、自分の居心地のいいところにしかいないじゃないですか。
【名越】犬は違いますか?
【養老】無理していたくないところにいるから、いろいろストレスがある。ネコは、家の中で一番いい場所にいつもいるんですよ。
【名越】渋谷のハチ公は、ずっと待っている。寒いときも暑いときも。あれは無理してるのかな。