ラストベルトの「敗者集団」たち
だがみんながいい目を見るわけではない。私の楽観論を揺さぶる敗者集団が1つある。それは、アメリカにおける高齢の労働者階級、特にアパラチア山脈周辺のラストベルトにいる中年労働者たちだ。
1999年以来、健康悪化と死亡率急増がこの集団では見られる。これは自殺、アルコール関連の負傷、さらに何よりもドラッグの過剰摂取が原因だ。彼らの死亡率はあまりに高まりすぎて、いまや1980年代に逆戻りしている。アン・ケース・ディートンとアンガス・ディートンは、これを不愉快ながら適切な「絶望死」という言葉でまとめている。
これはこの時期の労働市場で最悪の成績となった集団でもある。賃金は市場の他の部分に後れを取り、彼らの多くは労働市場を完全に去り、それが家族や地元社会を不安定にした。
グローバル化のせいにしたい気持ちもわかる。だが、25歳から54歳で労働市場を離れた人々のグラフを見ると、1965年からほぼ一貫して増加を続けていて、規制緩和、北米自由貿易協定(NAFTA)、中国のWTO加盟、景気の上下変動、いずれもこの長期トレンドには影響がない。それどころか、労働力から脱落した男性の比率は、2000年から2019年全体よりも、古きよき1965年から1975年のほうが高いのだ。
貧困や格差が死亡率急増の理由ではない
ディートン夫妻は、絶望死はグローバル化では説明できないという点では合意する。「グローバル化とは文字どおりグローバルであり、オートメーションも同様だ」。西側世界すべてが同じグローバル化の道をたどっているし、アメリカより貿易に開かれた国も多い。なぜそうした地域では絶望死が起きていないのか?
西ヨーロッパは影響を受けていないようだし、アメリカでも、ラティーノや黒人ではこうした死亡率増加は見られない(少なくとも第1段階では)。さらに大学の学位を持つ白人でも見られない。だから、この集団ではひどい労働市場状況を特に深刻にしている何かが起きているのだ。
ディートン夫妻によると、貧困そのものではない。その問題は、白人の貧困と相関していないし、なぜあらゆる年齢層での死亡リスクが、非ヒスパニック系白人に比べてラティーノでは低いのか(そして下がり続けているのか)もわからない。ラティーノのほうがずっと貧しいのだ。
また格差が理由でもない。最も不平等な州であるニューヨークやカリフォルニアは、死亡率が低い。ヘルスケア制度が機能不全でますます高価になっているのが原因らしい。ほとんどの人々は雇用者から健康保険を受けているので(税制のため)、企業は最も生産性の低い労働者を始末したがり、そうした労働者は失業すると保険を失うのだ。