今や子守歌は「アプリの声」で
読者の多くが、親に抱っこされ、やさしい子守歌を聞かされながら眠りについた記憶がぼんやりとでもあるのではないだろうか。親の人肌のぬくもり、におい、声。それらにまるで柔らかな毛糸のように包み込まれ、夢へといざなわれた幸せな思い出だ。
しかし、今の子どもたちには、そうした記憶が乏しいのかもしれない。関西のある保育園でこんなことがあった。
この保育園では、給食が終わった午後1時から2時がお昼寝の時間だった。取材に来ていた私は、園長(60代女性)と共にそっと薄暗い教室に入っていった。
そこには見慣れない光景が広がっていた。3割ほどの子どもたちの枕元にスタンド付きのスマホが置かれており、それぞれ違った動画や音楽が流れているのだ。
のぞくと、ディスプレイにはかわいい動物が子守歌をうたっていたり、お母さんのようなキャラクターが微笑みかけていたりする。アイドルのようなキャラクターが、ずっと子どもを褒めつづけている動画もあった。
園長がそのわけを教えてくれた。
「子どもたちが見ているのは“寝かしつけアプリ”なんです。これがないと眠れない子がいるんですよ」
保育士の歌声には「下手」「眠れない」
昔の保育園にも寝つきの悪い子はおり、先生が添い寝したり、背中をさすったりして眠らせたものだ。最近はそれがアプリに変わっているのだという。
子どもたちはアプリを見ながら一人またひとりと眠りに落ちていった。ただ、寝たからといってすぐにアプリを消さないことがポイントだそうだ。アプリの音や光がなくなると、ハッと目覚めてしまう子が多いからだという。
見学の後、園長はアプリを使用するようになった経緯を語った。
「今は、家庭での寝かしつけの際に、専用のアプリを使う親御さんが多いんです。赤ちゃんのキャラクターが一緒に眠ってくれたり、宇宙の無重力状態で浮かんでいるような映像だったりと、種類も豊富です。私自身は、親や保育士が直に子守歌をうたって背中をさする寝かしつけが一番だと思っています。でも、一部の子にとって、子守歌はアプリにうたってもらうものになりつつあります。なまじっか保育士がうたってあげると、そういう子たちから『下手』『うるさい』『眠れない』と言われる。なので、それぞれの家庭でやっている方法で寝てもらったほうがいいだろうと、アプリを使うようになったのです」