不眠症とは何か? 睡眠不足との違いとは

「布団に入った途端、パチンとスイッチが切れたみたいに眠りたいんです。そんな薬はありませんか?」

河合真医師
河合 真 米国スタンフォード大学 睡眠医学センター クリニカルアソシエイトプロフェッサー。トヨタ記念病院統合診療科医長などを経て、2013年よりスタンフォード大学 睡眠医学センターで勤務。著書に『睡眠専門医がまじめに考える睡眠薬の本』(丸善出版)。

不眠症の患者がよく口にする言葉です。しかし残念ながらそのような薬があるとすれば、それは麻酔であって睡眠薬ではありません。まずは、不眠症と睡眠薬の関係からお話ししましょう。

そもそも不眠症とはどういう状態をいうのでしょう? ただの睡眠不足とはどう違うのでしょうか。

簡単にいうと不眠症とは、睡眠時間をちゃんととっている(横になっている)にもかかわらず、眠れない状態のことです。かたや、十分な睡眠時間を確保していないのが睡眠不足。私は通常、成人であれば7時間半から8時間くらいの睡眠時間を推奨しています。しかし仮に8時間、ベッドで横になっていたとしても、5〜6時間しか眠れず、そのせいで昼間、頭がボーッとするとか疲れがとれないといった症状があれば、不眠症ということになるでしょう。

ただし、大事なプレゼンの前日の晩など一時的に眠れないだけなら、あまり問題になりません。逆に、不眠のトリガーになるような大きなイベントがないのに不眠が続くようであれば、不眠症の疑いがあります。

眠れない状態が3カ月未満で、放っておいたら勝手に治るようなものを急性不眠症や短期不眠症といい、3カ月以上続くなら慢性不眠症といいます。日本人の場合は不眠症というより睡眠不足の人が多いので、まずは睡眠時間が確保できているかどうかを確認してください。

そのとき大事なのは、「質より量」という考え方です。睡眠時間が足りていないのに、「睡眠の質を上げることで量を補ってやろう」という人がたまにいますが、睡眠に関してはまず量を確保しないことには質がついてきません。なぜか日本人は「短時間でも深く眠れてスッキリ」というパターンが好きなのですが、深く眠るためにはある程度長く寝ることが必要です。

では、なぜ人は不眠症になるのでしょうか。通常、人間の体は一定の時間がくると覚醒モードと睡眠モードが自動的に入れ替わるようになっています(概日リズム)。ただし、人間の体は生き延びるために睡眠モードより覚醒モードが優先されるようにできています。敵に襲われそうなのに睡眠が優先されてはサバイブできないからです。

不眠症の原因は人によって違ってくる

だから何らかの理由で覚醒モードが強くなりすぎると、覚醒と睡眠のバランスが崩れ、覚醒モードに傾いた「過覚醒」の状態になってしまいます。過覚醒を引き起こす要因は多岐にわたり、それが図のシーソーのまわりにある6つの因子です。

【図表】覚醒と睡眠の構図とその因子

たとえばシーソー左下の「身体疾患」が不眠の原因になっている場合、体のどこかに痛みがあるケースが考えられます。慢性的な腰痛があるだけでも、過覚醒になってしまうのです。

あるいは右上の「睡眠関連疾患」。この典型が睡眠時無呼吸症候群で、肥満や顎が小さかったりして気道が狭くなると、睡眠中に数秒間呼吸が止まり、眠りが浅くなってしまうことがある疾患です。このような場合は睡眠専門医にかかることをお勧めします。

もしくは右下の「精神疾患」です。うつ病になると眠れなくなることはよく知られていますし、そこまでいかなくても、子供の受験が心配だとか、会社の資金が足りないとか、そんな「寝ている場合じゃない」状況に陥ると、過覚醒=不眠が引き起こされます。

つまり不眠症の原因には実にさまざまな要素がからまりあっていて、「上司と揉めているのが50%、家族の悩みが30%、腰痛が10%、その他10%」といった具合に、人それぞれ原因も割合も違います。だから「こうすればあなたは眠れる」とズバッと言えないのが、医師にとって悩ましいところなのです。