なぜ「優しい人」ほどカスハラをしてしまうのか

「すぐに電話しろ」。そんな強い言葉で怒鳴っている姿は、目の前にいる穏やかなAさんからは想像できません。なぜ、そんな人がカスハラをしてしまうのでしょうか。

人にはそれぞれ他者と関わるときの思考や行動のクセがあり、これを「自我状態」といいます。カウンセリングでは交流分析という心理療法で使われる性格分析の手法「エゴグラム」を使って、自我状態を診断します。AさんはN型とよばれるタイプ。このタイプの人は相手を受容してばかりで自分を犠牲にすることが多く、自分の中に思いを溜めてしまって言いたいことが言えない傾向があります。

そうやって日頃は抑えていた感情が、何かのきっかけで爆発してしまう。しかも、自分の周りの人には気を遣っているので、直接、接点のない、自分より立場の弱い人に対して満たされない感情を吐き出してしまう、というのが一般的なカスハラの構図です。カスハラがよく起こる場として店や病院、コールセンターなどがありますが、病院の医師ではなく受付のスタッフ、店では女性スタッフが攻撃の対象になりやすいのも、無意識に言い返せない相手を選んでいるからでしょう。

カスハラをするクライアントを見ていて感じるのは、被害者意識や自分は間違っていないという思いが強い人が多いということです。相手の状況や背景に思いを馳せることも極めて苦手で、人の言動を悪い方に解釈してしまうことが多いのも特徴です。一方で、ふだんは人目をとても気にしています。そのせいか身なりがきちんとしている人が多く、これはAさんも同様でした。

男性と医師
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原因のひとつは「年齢を重ねたこと」

行動や思考は人間関係や所属している場所、時代背景、遺伝、生育歴など、さまざまな要素に影響を受けるので一概には言えませんが、年齢を重ねたことがカスハラの一因となっている可能性はあります。

なぜなら、自分の信念によって作られたフィルターが、歳を重ねることでより強固になり、そのフィルターを通して物事を見ているために「やっぱりそうだ」「思っていた通り」と思い込みを強めてしまうからです。思い込みによってネガティブに物事を捉えることが増え、自らストレスを溜めてしまう、というループに陥ってしまうのです。年齢的に自分より若い人が増えるので、上から物を言いやすい環境になることも関係あるでしょう。

年齢を重ねると認知機能の低下や経験に基づく信念の強化、変化することへの抵抗などによって柔軟性が低下し、新しい情報や異なる視点を受け入れにくくなる傾向があります。また、社会的に孤立してしまうと、他人の意見や感情を理解しにくくなります。

そのため、思い込みの強さにこうあるべきだ(こうなるはずだ)……という視野の狭さが加わることで、「想定外」と感じる出来事が増えます。すると、その人にとっては「ありえない」と怒りの対象が増えるわけです。

また、Aさんのように定年後にカスハラをしてしまう、と聞くと、「時間が余って暇だからと何かとクレームをつけたくなるのだろう」と思われがちですが、暇であっても心が安心で満たされていれば、そんなことはしません。ハラスメントをしてしまう人の根底にあるのは、満たされない思いです。