黒ずみはゴキブリの卵、じゅうたんのように湧いたウジ虫

おじいちゃんが引っ越しを拒んで部屋を明け渡さなかったため、強制執行の手続きは進んでいきました。執行官にも役所側にシェルターが用意されていることを伝えると「困ったじいさんだね。執行はするけど、役所とは連携してね」と言われ、頭を抱える日々が始まりました。

強制執行までの1カ月、私と役所の人が延々とおじいちゃんを説得し、最終的には執行当日の朝、役所の車で身の回りの物だけ持ってシェルターに避難となりました。おじいちゃんも酷暑の中、ホームレスになろうと腹を括ることはさすがにできなかったのでしょう。

それにしてもこの日までの福祉の人や私の努力は、どう評価されるのでしょうか。最初からすんなり動いてくれれば、強制執行の費用は掛からず、私たちの労力も不要でした。すべて高齢が原因だとは言い切れませんが、やるせない思いは残ります。

ようやく部屋は明け渡してはもらえましたが、それからも家主は大変です。執行された部屋の壁が、黒ずんでいました。汚れかなと思っていたら、なんとゴキブリの卵! 部屋の中にはネズミもたくさん、蛆もいっぱい。動いているものもいれば、動かなくなったものもいて、まるで絨毯のように部屋中を覆っています。

壁の卵もこれだけびっしりなら、おそらく生きたゴキブリもたくさんいたのでしょう。思い返してみても、おぞましい光景です。ここに人が住んでいた、ということだけでも信じられません。

破れた障子
写真=iStock.com/Wako Megumi
※写真はイメージです

家主「事故物件にならなくてよかった」

当然ながら室内は、見事なゴミ屋敷。リフォームに数百万円かかるでしょう。しかも部屋の中から、6柱のご位牌いはいが出てきました。本人は「捨ててくれ」と軽いものです。ところがそのまま執行では処分できないので、供養してくれるお寺に家主側が費用を払って納めるしかありません。長年住んでくれたとは言え、家主にとってみれば大変な損失です。

「正直、事故物件にならなくて良かったと思うしかありません」

力なくつぶやいた家主は、このエリアの大地主だから何とかなったのかもしれません。これが融資を受けて家主になった人なら、1年分以上の純利益が吹っ飛んだでしょう。

家主や管理会社だけでなく、働いていた時の同僚からも「もっと安い物件に早く引っ越しした方がいい」とアドバイスをもらっていたにもかかわらず、耳を貸さなかったことで、多くの人に迷惑と金銭的負担をかけてしまったおじいちゃん。高齢になると頑固になるのか、善悪がわからなくなるのか、断捨離や連帯保証人が原因なのか、私にはわかりません。

この賃借人のおじいちゃんに限らず、私が出会った明け渡し訴訟の相手方の高齢者は、タイミングを逸して転居できなかった人たちが非常に多いです。60代でまだ仕事をしていれば、家賃保証会社の加入だけで部屋は借りられます。ところが70歳を超えてしまうと、高齢者に部屋を貸したくない家主側は、滞納の心配というより亡くなった後の手続きをしてくれる身内の連帯保証人を条件とします。身内はいるでしょうが、頼れる関係ではないのでしょう。