※本稿は、伊吹文明『保守の旅路』(中央公論新社)の一部を再編集したものです。
「国家は過去・現在・将来という三世代の共同体」
「保守の旅路」も終着点に近づきました。ここで、私が日本の将来のために、軌道修正しておかねばならぬと考える財政規律のことについて、記したいと思います。若い世代の方々、特に若い政治家や公務員の皆さん、またそれらを志す方々には、この章を読んでもらい、「保守の旅路」を今一度振り返って頂ければと願っています。
何度も繰り返していますが、保守思想を理解するために必須の書とされる『フランス革命の省察』の著者であるエドマンド・バークは、「国家は過去・現在・将来という三世代の共同体」という趣旨を記しています。先の世代の残した有形、無形の遺産、負の遺産の上に私たちは今を生きており、その中で私たちは何か良きものを加えて、次の世代に受け渡していく。多くの負の遺産を受け継げば、次の世代の日々は困難の連続になります。先の世代の遺産に安穏と胡座をかいていても、次の世代からは感謝されないでしょう。
国家に限らず、企業や家族も同じです。明治以降に創業し、豪商、老舗と言われた企業で、今もしっかり残っているところは少ない。世代を越えて受け継いでいくことの難しさ、毎日の努力、時代を見る目の大切さがわかります。
苛烈な税負担に立ち上がった13世紀英国の国民
現在のように国際法が整備され、国際秩序が維持されていると、ウクライナ侵略やクーデターのようなことがあっても、国家が消滅することは考えにくい。領土とそこで暮らす国民の存在を消し去ることは困難でしょう。ただ、現在の日本は国民の間に奇妙な安心感が広がっていて、自己の価値観に固執し、公共の精神は大事にされなくなっている。現状維持の感覚が広がり、人口減少や財政規律の緩みなどの負の遺産が積み重ねられているように思えます。誤りなき選択により、できるだけ負の遺産を残さぬようにしなければと思う昨今です。
現在の日本のような国民主権や間接民主制がどのようにして成り立ってきたのか考えてみましょう。かつて、欧州列強には絶対君主制の時代がありました。国王にすべての権限が集中し、その結果、国王の独断によって多くの戦争を繰り返し、費用を国民から徴収していました。13世紀の英国で、苛烈な税負担に国民が立ち上がり、「納税者の同意なくして、課税負担なし」といった内容の大憲章「マグナ=カルタ」を国王に認めさせました。これが議会の始まりと言われます。納税者の意向で税収が決まり、結果的に国王の支出が規制されることを意味します。英国が議会制民主主義の母なる国と言われる所以です。