前編[派閥解消で失うもの(1)政治資金、(2)総裁選に必要なお金]から続く
派閥解消で失うもの(3)議員間の濃密な人間関係
派閥解散後の今は行われていないが、どの派閥も毎週木曜日の昼に派閥のある永田町近辺にある事務所で、ランチを一緒にしながら情報交換する。俗に「例会」という。特に新人議員にとって、国会での動きがまだよくわからない時に、国会対策室や幹事長室に所属する先輩からの情報は貴重だ。
どんなことが党内で起きているのか、議員会館の部屋にいてはわからないからだ。また、党の部会や調査会でもどのようなものがあり、どういったものに出たらいいのかなども相談に乗ってもらう場でもある。
宏池会は事務所で同じ種類の弁当を食べて結束を図る、いわゆる「一致団結箱弁当」ではなく、カレーや幕の内弁当、かつ丼など数種類から選べるようになっており、他派閥から羨ましがられた。弁当1つからもわかるように「多様性」を重んじる気さくでフランクな雰囲気だった。ボトムアップの意見集約という意味でもオープンだった。
参議院は参議院の宏池会で集まる「参宏会」というグループで月1回食事会などをしていたが、衆議院側との交流は、気の合う人たちと食事会をしたり、勉強会したりする程度でゆるやかな付き合いであった。
ただ、やはり懇親会などでは先輩議員に地元活動での悩みや人間関係など細かいことまで相談に乗ってもらえるのでありがたかった。
また、東京と地元選挙区の山形で年に1回ずつ行う国政報告会では、岸田会長や林座長、上川陽子法務大臣(当時)や宮沢洋一税調会長などが来賓あいさつなどに来て花を添えてくれた。そして、「こどもの貧困対策」やSDGsについての勉強会、宏池会に属していたかつての先輩議員を講師とした勉強会なども盛んに行われていた。
夏に行われる河口湖での研修合宿ではAIや外交、経済の専門家を招いての勉強会があり、夜の懇親会では派閥担当の記者たちとカラオケに行くなどわきあいあいとした雰囲気だった。
古賀誠名誉会長に同行して行われる毎年恒例の大平正芳元総理の墓参り、沖縄の「平和の礎」視察など、平和の尊さをことあるごとに教えてもらった。派閥結成60周年の時には、岸田会長とケネディ駐日米国大使(当時)との対談、林座長と駐日中国大使との対談を冊子にまとめ、シンポジウムを開催し、これまでの宏池会の歴史を振り返る動画なども作成した。
そして、何より選挙の時に先輩議員や同僚議員が応援に来てくれる時は本当に心強いものだ。党本部から、幹部を派遣してもらっても、相手も筆者を知らないので、応援演説も通りいっぺんの内容になる。しかし、宏池会の先輩方は日頃の活動を知っていてくれているし、密な関係があるので、演説にも心が入り、愛情がこもったものになる。
こうした活動を通じて、派閥内の結束やつながりは強まっていき、自分自身も宏池会の一員としての「メンバーシップ」を確立していった。
宏池会に属することで、先輩たちがつないできた伝統や考え方、日ごろの国会でのふるまいや野党との人間関係の構築の仕方、懇親会や選挙応援でできる絆など有形無形の財産を得ることができた。それが派閥の果たしてきた大きな役割ともいえよう。