抜け出すための考え方

「おかしいよ」「普通じゃないね」といわれたら、「普通って何?」と相手に聞いてみましょう。

かつて、タレントで作家の遙洋子さんがフェミニストの上野千鶴子さんのゼミにもぐって書いた『東大で上野千鶴子にケンカを学ぶ』(2004、ちくま文庫)という本がありました。論争に強い学者に、相手を論破するやり方を学ぶという内容ですが、その最後に出てくるケンカの仕方の10カ条に、「○○って何?」と相手が無自覚に使っている言葉を問う、というものがあったのを思い出します。これは相手の考えの足りないところをつき、無知を暴いていく方法。きっとウザがられるでしょうが、高い確率で「もういいよ」と相手のほうから話題を変えてくるので、少なくともケンカには勝てます。

ともあれ、より重要なのは、簡単に他人を「おかしい」と断定する人は、他人を理解しようとしていないばかりでなく、自分自身についてもきちんと考えられていないのだという現実を、相手に突き付けることです。相手が無自覚に持っている「普通」という想定を揺るがせることができれば、そこから新しいコミュニケーションを展望することができるでしょう。

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【近代家族論】

家族と聞いてわたしたちが思い描くのは、「働いて家計を支えるお父さん、家で家事や育児をするお母さん、愛され保護され教育される子ども」という像でしょう。近代家族論は、こういう家族が「いつの時代にもどんな地域にも普遍的に存在していた」わけではなく、近代という時代に固有のものだったことを、社会史や歴史人口学などの手法で実証的に明らかにしました。近代という時代に現れた家族だから「近代家族」。近代が揺らげば「近代家族」も揺らぐのは当然、ということになります。

貴戸理恵『10代から知っておきたい あなたを丸めこむ「ずるい言葉」』(WAVE出版)
貴戸理恵『10代から知っておきたい あなたを丸めこむ「ずるい言葉」』(WAVE出版)

たとえば、E.バダンテールというフランスの哲学者は、『母性という神話』のなかで、18世紀のパリでは多くの子どもが里子に出されるなど産んだ母親のもとでは育てられておらず、「母性愛」は普遍ではないとしました。また、P.アリエスというフランスの歴史学者によれば、中世ヨーロッパには愛情をもって保護されたり教育されたりする「子ども期」は存在せず、6歳くらいになるとその身分に属する大人と同じような生活をする「小さな大人」として認知されていました。

日本では、社会学者の落合恵美子さんによる『21世紀家族へ[第4版]』(2019、有斐閣選書)が有名です。硬派な歴史人口学の視点から、「日本では、近代家族が庶民にまで行きわたったのは1960年代だった」という衝撃の事実が明らかになります。そんなわずかな歴史しかないものを、「大昔からニンゲンは、男女で愛し合って家族をつくって子どもを守ってきたのよねー」と雑な感覚でとらえてきたとは何事かと、初版を読んだとき20歳だったわたしはぎょう天しました。

より現代的な分析では、社会学者の筒井淳也さんによる『結婚と家族のこれから』(2016、光文社新書)がおすすめです。「女性も男性も仕事も家庭も」という共働き家族は理想形に見えますが、多くの限界を抱えていることがよくわかります。

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