誤り①「国が生乳増産を要請した」

鈴木氏は、「脱脂粉乳の在庫が増大し、生乳生産を減少しなければならなくなったのは、2014年のバター不足で国が生乳を増産する政策をしたことが原因なので、国が酪農家に補償すべきだ」という。

近年、農水省が推進した「畜産クラスター事業」で補助金を得て、バター不足解消の要請に応えて増産するために、多額の負債を抱えてまで機械や設備を購入した農家もある。ただでさえ借金を背負った上に、輸入飼料の高騰とコロナ禍での牛乳あまりも追い打ちをかけた。

(中略)

かつてない異常事態が起きているのに、政府は一向に買い上げなどの財政出動に踏み切らない。(『文藝春秋』4月号 107ページ)

この主張は事実と異なる。需給調整のための生乳の生産(出荷)目標数量の設定(計画生産という)は、1979年から中央酪農会議という酪農団体が行っている。当時も生乳生産が過剰になったからである。生乳の増産や減産を決定し実行する主体は、酪農団体で国ではない。

生乳からバターと脱脂粉乳が同時にできる。2000年に汚染された脱脂粉乳を使った雪印の集団食中毒事件が発生して以来、脱脂粉乳の需要が減少し、余り始めた。これに合わせて生乳を生産すると、バターが足りなくなる。2014年のバター不足はこれが原因だ。脱脂粉乳が過剰にならないようにすれば、国産で不足する分を輸入すればよい。

しかし、酪農団体がバターを全て国産で供給できるよう生乳生産を増加した結果、今度は脱脂粉乳が過剰になったのである。これは酪農団体の責任であり、国が補償すべきものではない。仮に国がそのような方針を打ち出したとしても、民間事業者の酪農家や団体は嫌なら従わなければよい。脱脂粉乳の過剰在庫に伴う費用は乳業メーカーが負担している。酪農家が乳業メーカーに補償すべきである。

鈴木氏は、また「農林水産省が『畜産クラスター事業』で生乳増産の大型投資を推進した」と主張している。しかし、この事業はTPP対策としてバター不足後の2016年に開始されたもので、規模拡大などの生産性向上を図り、関税削減にも耐えられるようにしようとしたものであって、増産とは関係ない。しかも、この事業を利用して設備投資をしたのは、酪農家の一部に過ぎない。

なお、2014年当時、世界ではバターが余って価格も低迷していた。国内の不足分を輸入しようと思えば、安い価格でいくらでも輸入できた。それが輸入されなかったのは、バター輸入を独占している農林水産省管轄の独立行政法人農畜産業振興機構(ALIC)が、国内の酪農生産(乳価)への影響を心配した農林水産省の指示により、必要な量を輸入しなかったからである。

誤り②「欧米は日本より保護政策が手厚い」

鈴木氏は「アメリカやEUに日本より手厚い政策がある」と主張している。

アメリカ、カナダ、EUでは設定された最低限の価格で政府が穀物や乳製品を買い上げ、国内外の援助に回す仕組みを維持している。(『文藝春秋』4月号 107ページ)

アメリカの酪農政策の柱は、酪農家の収益が一定のマージンを下回ったら補塡するという保険制度(DMC” Dairy Margin Coverage”)である。これで酪農家の所得は保障されている。鈴木氏が主張するような制度は確認できない。

EUは、1993年以降の改革(乳製品は2003年)で、支持価格を大幅に引き下げて直接支払いを導入した。支持価格の水準が下がったので、政府による農産物買い入れはほとんどなくなった。

かつてEUは買い入れた農産物に補助金をつけてダンピング輸出していたが、EUは2015年のWTO閣僚会議で輸出補助金即時撤廃に合意した。EUは実質的に価格支持を廃止したと言ってよい。また、EUは補助金付き輸出で処分していたのであって、援助していたのではない。過剰農産物の援助は、途上国にとって好きでもない農産物を押し付けられることになる。また、過剰でなくなれば援助はストップする。先進国の身勝手な政策である。

さらに援助物資がただで流通すれば、途上国の農業者は売り先が減少する。日本の豊かな酪農家のために途上国の貧しい酪農家が被害を受ける。このため、国連世界食糧計画(WFP)は物資ではなくお金で援助するよう方針を転換している。

日本の加工原料乳については、一定の価格を下回ると補塡するものと価格に関係なく支払われる直接支払いがある。日本は、アメリカのDMC的な政策とEUの直接支払いの両方を持っているのだ。極めて手厚い保護である(日本の農業保護 参考)。