なぜ「牛乳危機」が起きているのか。キヤノングローバル戦略研究所の山下一仁研究主幹は「農業保護という観点から、間違った農業政策が進められてきた帰結といえる。農業を守るには、輸入品に高い関税を課すのではなく、EUのように農地保護を支援するべきだ」という――。
スーパーの棚から牛乳パックを1つ手に取る人の手元
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食卓から牛乳はなくならない

4月某日、あるTV局から私に、「食卓から牛乳がなくなる」という番組を作りたいとして、取材協力の依頼があった。私に「廃業が進み地産地消の牛乳が食卓から消える可能性がある」というコメントを期待していた。

酪農や牛乳・乳製品についての知識がなく、思い付きで結論ありきの番組製作をしようとしていることは明らかだった。また、取材を申し込んでいるのに、酪農について私が書いていることを読んでいないことも明白だった。

地域の酪農家が離農しても、生乳は他の地域から移送されてくるので、牛乳の供給を心配することはない。大分の牛乳も岩手の牛乳も品質に違いはない。牛も(ホルスタイン)、原料(飼料・アメリカ産トウモロコシ)も、同じである。地元産だから優れていることはない。9割の牛乳は、超高温加熱殺菌(UHT処理)するから良い菌も悪い菌も死んでしまっている。普段飲んでいるのはチーズを作れない死んだ牛乳である。

都府県の生乳生産は1990年代後半の500万トン超から330万トン程度に減少しているが、牛乳の消費は影響を受けていない。北海道から年間100万トン程度の生乳・牛乳が都府県に移送されている。もともとかなりのところで牛乳の地産地消なんてしていないのだ。

牛乳からバターと脱脂粉乳を作り、それに水を加えると牛乳(加工乳)ができる。われわれは、牛乳と加工乳を区別しないで飲んでいる。都府県の生乳生産が多かったころは、各地に余乳処理工場があって、冬場に余った生乳をバターと脱脂粉乳に加工し、需要期の夏場はこれを加工乳にしていた。

かりに、国内の酪農が全滅したとしても、バターと脱脂粉乳を輸入すれば、牛乳は飲める。今でもヨーグルトやプロセスチーズなどかなりの乳製品で原料として外国産が使用されている。そもそもアメリカ産トウモロコシをエサとする酪農は、輸入途絶という食料危機の際には壊滅する。これは食料安全保障に全く役に立たない。

これくらいの知識がないと、番組は作れないはずだ。裏を返せば、そうした知識なしに番組は作られているのだ。