住宅と預貯金とでは意味合いが異なります。住まいは人生の土台であり、実際に毎日使う場所であり、手に触れることのできる実体です。しかし預貯金は、目に見えない数字の羅列であり、抽象的な存在です。
日英の幸福感の差はこのあたりからきていると思います。
福祉国家イギリスといっても、公的年金がとりわけ手厚いわけではありません。あるとき、月額約8万円の年金を受けている一人暮らしの70代女性に「それだけの金額で不安はないですか?」と尋ねたところ、「まったくないといえば嘘になりますが、いま十分に楽しいですよ」という答えが返ってきました。その人は、自分の家の一部屋に知り合いの子どもを下宿させ、家賃をもらっています。建築規制が厳しいイギリスでは慢性的に家不足なので、都会でも地方でも下宿人を置く家庭が多いのです。そのうえで、この女性は趣味の絵を描き、いくらかの収入を得ています。
貯金や利殖に神経を使うのではなく、いま現に住んでいる家を住みやすく、美しく手入れすることで価値を上げていく。地に足の着いた生き方をすることが、彼らの幸福感につながっているのです。
(構成=面澤淳市 撮影=的野弘路、平地勲 写真提供=井形慶子事務所)