日経経済部の3つのウソ

役人に利用されるのが報道機関としての役目なのか。そんな安易な形での取材に警鐘を鳴らすのは、日経のOBで、経済ジャーナリストの町田徹氏だ。町田氏によれば、「私が1980年代に感じたことで、今はないと思う」が、「一面トップのような扱いの大きい経済政策の記事」には「3つの“ウソ”が入るリスクがあった」と言う。

「例えば、銀行や証券会社が市場で起きていることを大蔵省(現金融庁)に報告するとき、政策を都合よく誘導するために脚色をまじえることがありえます。これが1つ目の“ウソ”です。

政策をつくる段階に入ると、法律を変えたり、予算を取ったり、天下りポストをつくったり、役人が自分たちに都合よくチューニングしがち。これが2つ目の“ウソ”です。

最後は紙面づくりです。例えば『福島県で実験的に地熱発電所の建設を認める。うまくいけば、再生可能エネルギー全体の振興策にも取り組もうと検討している』というニュースを掴んだとき、編集サイドが『一面トップらしいわかりやすくて、インパクトのある記事がほしい』と主張するのが目に見えていますから、記者は『大転換して、再生可能エネルギーの振興に乗り出す。第一弾は福島県の地熱発電だ』と前のめりに書く誘惑に駆られる。こういう書き方を『ふくらし粉を入れる』と呼んでいましたが、これが3つ目の“ウソ”になりえます」

生ぬるい取材環境に安住しているわけではないのかもしれないが、日経は新聞協会賞をとるような「特報」から、近年遠ざかっている。町田氏に解説を続けていただく。

「例えば、通信なら現行の『電気通信事業法』だけでなく以前の『有線電気通信法』にも精通し、最新の審議会報告の動向まで頭に叩き込んではじめて、役人とロジックで対等に闘えるようになります。そのうえでマーケットの現実を足で取材し行政の欠点を見つけ、役人に改善を迫る。政策で独自モノの特ダネを掴むにはそうした努力が不可欠です。

ところが、新聞はインターネットの普及に伴い、広告が減り、部数が伸びない厳しい時代に直面した。これが、大きな訴訟リスクが付き物の独自モノの調査報道を敬遠し、トラブルの少ない権力やビッグビジネスの発表モノやリークに依存する報道に流れやすくなった背景です。日経だけでなく、朝日も読売もみんな抱えている問題です。

当時、その言葉の汚さが嫌で堪りませんでしたが、先輩記者から『取材先に癒着一歩手前まで食い込んで、ばっさり突き離して読者の立場で書け。そこは強姦なんだ。でも、あの人がああ書くなら、それが世の中の常識であり、和姦だったんだと理解させろ。取材先との信頼関係を維持したうえで、また、翌日もニュースを引き出して強姦するんだ』という例えを聞かされたことがあります。

時代が違いますが、取材先におもねってはいけないという教えは、今でも通用すると思います。

あの時代は、裁判になっても勝てると確信できる取材ができれば、相手が大蔵省でも、先輩が新聞協会賞をとった案件でも遠慮なく特ダネを書けという雰囲気がありましたね」

経済に関して、圧倒的優位に立つ日経だが、記者が恐れていることもある。前出の毎日記者E氏は語る。

「それは、特オチです。一般紙が、大きいスクープでも抜こうものなら、あちらの経済部では大変なことになります。デスクからのカミナリで済めばまだいいですが、場合によっては人事に反映することもあるみたいですよ」

「出世ができる、できない」はスクープがとれる、特オチをしないが分岐点なのか。

「どこの新聞も、そしてどこの組織もそういった面がありますが、日経は、社内で信用できる人、仕事ができる数%が、部を超えて会社を動かしています。特ダネを連発するような実績を残していると、『デキるヤツ』だとなって、プライベートでも上層部とチャンネルを持つようになる。正月にあるところで、春の人事や戦略をヒソヒソやるのが恒例でした」(日経OB・G氏)

※すべて雑誌掲載当時

(門間新弥=撮影)
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