80年代における春樹のイメージとその変貌

冷静にかんがえれば、喫茶店でオムレツをたべているだけで可愛い女の子と友達になる、などという事態は、フィクションの中だけの絵空事です。にもかかわらず、まるで実在の人間に対するごとく、私がワタナベくんへのジェラシーに身をこがしたのは、それなりの理由があります。

ノルウェイの森 [著]村上春樹 (講談社)

○『ノルウェイの森』以前の村上春樹の小説は、いつも主人公が「僕」という一人称でかたるスタイルで書かれていた。そしてその「僕」は、作者と年齢や境遇にかさなる部分が多かった(『ノルウェイの森』も、ワタナベくんが「僕」という一人称をつかって物語を進行させている)。

○春樹の小説に登場する「僕」には、日本の純文学小説にはめずらしく、おしゃれなイメージがあった。

このふたつのせいで、ワタナベくんを、あたかも現実にいる「モテ男」のようにかんじてしまったのです。

作者をおもわせる人物の一人称ですすんでいく小説、というのは、日本の純文学小説にそれほどめずらしくありません。しかし、純文学の主人公というのは、境遇にめぐまれず、悶々としているのがふつうです。

ところが春樹の「僕」は、クラシックや歌謡曲よりアメリカのポップミュージックを聴き、着ている服はきれいめのアメリカン・トラッドです。飲む酒といえば輸入ビールやカクテル、バーボン、まちがっても安焼酎なんか手にとりません。

1980年代の日本は、高度経済成長はおわったものの、製造業ではアメリカをぬいて世界一になろうとしていました。経済的繁栄にささえられ、輸入もののぜいたく品を、あらそうように一般庶民まで消費しはじめたのがこの時期です。

そうした風潮のなか、春樹の「僕」は、「舶来の文物」をかっこよく消費するお手本のように見られていました。

「日本にも、こんなに洗練された消費文化のにない手があらわれた!」

こんな言いかたで、春樹の「僕」が称賛されることもしばしばでした。

その「僕」にかさなるところのある春樹じしんも、ハイセンスな「ポップカルチャーの教祖」としてあつかわれていました。

そうした春樹のイメージは、90年代に入るとくずれていきます。決定的な転機になったのは、阪神大震災と地下鉄サリン事件が起きた直後です。春樹は、神戸の復興支援のための朗読ライブをおこない、地下鉄サリン事件に取材したドキュメンタリーを著わしました。そんな春樹の姿を見て、

「やれやれ、とぼやいていた、あのクールな個人主義者はどこへいったのだ?」

と、目をまるくしたハルキ信者がたくさんいました。