「黒髪ロングヘア、スレンダーなのに巨乳」
というおたく妄想直球キャラ

春樹その人の態度だけでなく、春樹の小説にも変化がおこりました。

1995年に完結した『ねじまき鳥クロニクル』は、ソ連兵による殺人場面の残酷な描写で論議をよびました。2002年の『海辺のカフカ』には、カーネル・サンダースと名のるオヤジギャグ連発のポン引きと、哲学をかたりながらサービスする女子大生風俗嬢が登場します。春樹が描く暴力と性は、あるときは過激、あるときは俗悪、いずれにしても洗練から遠いものになったのです。

そして、長編最新作である『1Q84』には、「ふかえり」という17歳の美少女が登場します。

「不思議なしゃべりかたをする黒髪ロングヘア、スレンダーなのに巨乳」

という彼女の属性は、おたくの妄想直球ストライクです。このふかえりと、主人公である天吾のセックスシーンは、イギリスで2011年のバッドセックス賞にノミネートされました。

おたく文化圏を足場に名声をきずいた人が、いつのまにか、おたくと無縁なセレブのような顔をし始めることは珍しくありません。春樹のケースは、「新時代のポップカルチャーの旗手」から「おたく」へと、逆コースをたどった稀なケースのように見えます。

しかしほんとうに、春樹は「かわった」のでしょうか?

春樹のデビュー作『風の歌を聴け』は、29歳の「僕」が、

「書くことについて、すべて彼からまなんだ」

という、デレク・ハートフィールドについて語るところから始まります。末尾もハートフィールドのことばでしめくくられ、それにつづけて、作者がハートフィールドの墓まいりをしたようすをのべた「あとがき」が置かれています。

ハートフィールドは、R・E・ハワードやH・P・ラヴクラフトをモデルにでっちあげた架空の作家であることを、春樹自身が告白しています。

ハワードやラヴクラフトがおもに作品をよせていた『ウィアード・テールズ』は、1920年代から50年代にかけて発刊されていた怪奇小説の雑誌です。この雑誌を拠点にしていた作家たちは、70年代初頭に、日本でも急速に受け入れられ始めました。その担い手となったのは、創世期のおたく文化をささえた人びとです(「おたく」といわれる層が形成されたのは、『宇宙戦艦ヤマト』がブームになった、70年代後半といわれています)。

なかでも、「クトゥルー神話」とよばれる一連の作品群をつくりあげたラヴクラフトは、日本のおたく文化のルーツともいえる存在です。「クトゥルー神話」は現在でも、数々のライトノベルやゲームの「元ネタ」にされつづけています。

『風の歌を聴け』のおもな部分で活躍するのは、21歳当時の「僕」です。そして「21歳の僕」は、アメリカン・トラディショナルの服をスマートに着こなす「モテ男」のように描かれています。しかし、そんな「21歳の僕」をかたる「29歳の僕」は、「おたくのルーツ」をモデルにした作家に「書くことのすべてをまなんだ」といっているのです。

『風の歌を聴け』を書いたころの村上春樹は29歳、ふたりの「僕」のうち作者その人にちかいのは、あきらかに「29歳の僕」です。書き手としての春樹は、デビュー当初から「おたくタイプ」だったのです。にもかかわらず、80年代の読者の大半は、私自身もふくめ、「21歳の僕」を春樹その人と錯覚していたわけです。