「リア充」という妄想を小説化?
春樹が最初から「おたく」だったとかんがえるなら、マイペースな個人主義者だったはずなのに、震災復興朗読会をやったりしたことも簡単に理解できます。ふだんは好きなことにひとりで没頭しているくせに、イベントごととなると妙にアクティブなのが、「おたく」の特性だからです(たとえばコミケのにぎわいをみれば、そのことは疑えないはずです)。
それではなぜ、デビュー当初の春樹は、
「おたくの語り手が、『モテ男』ふうの過去の自分を語る」
などという、メンドウな構図を必要としたのでしょうか?
おそらく、70年代の終わりや80年代の初めに、『1Q84』のようなおたく趣味全開の作品を書いても、一部にしか受けいれられなかったはずです。あの時代、日本社会はバブルに突入しようとしていました。熱くも深刻にもならず、華麗にお金をつかって恋愛遍歴をするのが、多くの人にとっての「正義」でした。
デビュー当初の春樹は、世に受けいれられるため、リアルの世界でこんな風にふるまったらカッコよく見えるだろう、という「シミュレーション」を小説に取りいれたのです。可愛い女の子が向こうから、ホイホイ主人公のそばに寄ってくるのは、男の子の妄想充足型マンガによくあるパターンと実はおなじです。春樹のリサーチ力と想像力が卓越していたため、多くの読者や評論家が、「精巧なリア充妄想」を「作者の実体験の投影」と錯覚したわけです。
『ノルウェイの森』に本気で腹を立てていたハタチの私は、「非モテ」だっただけでなく、小説読みとしても失格だったことになります。ただし、先程のべたとおり、純文学小説のなかで「もて男」をうごかす、というだけでも、80年代の春樹作品は画期的でした。まして、
「『もて男』のうしろに『おたく』の作者がいる」
などという込みいったカラクリは、当時のふつうの読者には想像もできないことでした。