この春から始まった、NHKの新番組『スーパープレゼンテーション』が注目を集めている。番組のMCに、昨年MITのメディアラボの所長に就任した伊藤穰一さんを起用。伊藤さんがナビゲーターとなって、TEDカンファレンスでのトークが毎週紹介されている。今まで、事情通の間では熱い注目を集めていたTEDだが、番組をきっかけに、より一般的な関心を引きそうだ。
TEDは、様々な分野の専門家がプレゼンテーションを行う場だ。毎年2月にカリフォルニア州ロングビーチで行われる「本会議」を中心に、世界各地で衛星イベントが行われている。その運営法や哲学は、今後のビジネスや学問、組織のあり方を考えるうえで多くの示唆を与える。
TEDのスローガンは、「広げるに値するアイデア」。所属も、肩書も、知名度も関係ない。ただ一つ問われるのは、世界に広げるに値する卓越したアイデアを持っているかどうかということである。
TEDでのトークの時間は短い。基本的に18分間か、それ以下。米国の企業家、デレク・シヴァーズ氏が行った「社会運動はどうやって起こすか」という3分間のトークは、「リーダー」と「フォロワー」の関係を明確に論じ、注目された。使用されたビデオへの言及から、鳩山由紀夫氏が「裸踊り」とツイートして、話題を呼んだ。
ロングビーチでの「本会議」に二度参加した経験から、TEDには、世界中の人を引きつけ、未来を指し示すだけの力が確かにあると思う。
TEDのトークの多くは、インターネット上に無料で公開される。さらには、ボランティアたちによって、最大数10カ国語に及ぶ字幕がついている。このようにオープンな「拡散」を行う一方で、TEDの本会議に集まる人たちのコミュニティは、きわめて濃密である。起業家や、CEO、デザイナーなどの専門職、学者、メディア関係者など、TEDに集まる参加者は多士済々。その最大の特徴は、みな「個人」として来ているということ。組織や肩書を振り回す人など、一人もいない。
TED参加者のネームタグには、ファーストネームが一番大きく書かれている。会場で出会うと、お互いにファーストネームで呼び合い、すぐに関心事や興味を話し始める。大切なのは、「アイデア」だけ。まるで、ピッチの上を全力疾走してパスをやりとりしているサッカー選手のようだ。
会議の運営主体としてのTEDは、自分たちを「メディア・カンパニー」と位置づける。世界中から注目されるトピックや人をキュレーションし、インパクトのあるトークに結実させ、それをウェブで公開して、多くの人に届ける。そこには、既成の組織や権威にはない勢いがあるのだ。
TEDは、アカデミックな知識や経験の新たな集積のハブ。「次の世代のハーバード」と喩える人もいる。ネット時代に創発しつつある「卓越さ」の新たな基準を象徴する存在が、TEDだと言えるだろう。
日本人は、もっとTED、あるいはTED的あり方に真摯な関心を寄せたほうがよいかもしれない。TEDの成功の裏には、ITを起爆剤として次々と新しい文明を生み出す今のアメリカの力強さがある。そして、TEDを観察すれば、今の日本に何が欠けているかもわかってくる。
日本人は、組織や肩書から離れて、「広げるに値するアイデア」をどれくらい真剣に考えているのか。些事にとらわれて、全力疾走することを忘れていないか。TEDは、現代日本を映す鏡なのだ。