より正確なデータベースの登場
ところで、イェール大学のデータベースには2つの問題点がある。第一に、掲載企業の網羅性の低さだ。たとえば日系企業。東洋経済の『海外進出企業総覧 国別編 2022年版』によると、2021年末時点でロシアに進出していた企業は161社とされるが、同データベースには64社しか掲載されていない。
第二に、ロシアからの撤退を実際に「完了」させた企業の数を特定できないという点だ。撤退を「表明」することと、現地子会社が保有する株式や権利を第三者に譲渡して(または会社を清算して)撤退を完了させることとのあいだには、大きな隔たりがある。
そうしたなか、在ロシア多国籍企業の動向を知るための、より正確なデータベースを構築・公開する取り組みがウクライナのキーウ経済大学(Kiev School of Economics:KSE)によって進められている。
KSEのチームはロシアの登記簿情報を日々監視し、撤退を表明した企業の現地法人の株式が第三者に譲渡され、撤退が「完了」したかどうかも確認している(※)。掲載された企業は2841社(うち日系は153社)とイェール大学の情報量を圧倒的に上回り、網羅性も高い。そこで以下ではまず、KSEの最新のデータを用いて多国籍企業の撤退状況を確認したい。
(※)ロシアに現地法人をおかず、フランチャイズ契約などにより間接的に事業を行っていた多国籍企業(一部外食産業など)が当該契約を解消した場合、当データベースでは「撤退完了」でなく「撤退表明」に分類されている。また極わずかではあるが、KSEのデータベースには各国の非営利組織の撤退情報も含まれている。
撤退を「完了」させた企業は2%
9月1日現在、ロシアで事業を継続している企業は1664社(59%)と全体の約6割、事業を停止し「様子見状態」の企業は720社(25%)である(次ページの図表1)。一方、撤退を表明した企業は406社(14%)、撤退を「完了」させた企業にいたっては51社(2%)しか存在せず、多国籍企業の撤退は必ずしも進んでいないことがわかる。
登記簿情報から撤退完了が確認された51社のなかには、米国のマクドナルドやオーチス(エレベーター製造)、フランスのルノーやソシエテ・ジェネラル(金融)などのほか、日系企業では、無線技術などを扱う電子機器メーカー1社が含まれている。
ルノーは100%子会社の株式に加え、出資していた現地自動車メーカー(アフトヴァース社)の株式68%もすべて売却した。後者は6年以内に買い戻し可能なオプション付きの契約であるが、ウォール・ストリート・ジャーナルによると売却価格はわずか1ルーブル、撤退に伴い同社が被った損失は23億5000万ドルとされる。