金融政策に依存し、構造改革には至らず
7月8日、奈良県で街頭演説中に安倍晋三元首相が銃撃され亡くなった。心から哀悼の意を表し、ご冥福をお祈り申し上げる。安倍氏の経済運営の手法=アベノミクスには賛否両論あった。しかし、一つ明確なことは、安倍氏の考えは一時的にではあれ、少なくともわが国の先行きの期待を高めたことは確かだろう。
2012年11月14日、野田佳彦首相(当時)は衆議院を解散すると表明した。それを境に、日本の株式市場は堰を切ったように上昇した。世界の多くの投資家は、アベノミクスが日本を変えると期待した。経済成長期待は高まり株価が上昇した。2012年末まで日経平均株価の上昇率は20%に達した。
当時の状況を思い返すと、人々の心理も前向きになった。わが国が一つの希望を持った瞬間だった。需要創出を目指す雰囲気が沸き立ったのである。安倍氏はわが国の将来を真剣に考え、懸命に経済政策を進めた。情熱と発信力を持ったその政治家が、志半ばで凶弾に倒れたことは非常に残念だ。
ここで、3本の矢からなるアベノミクスを総括したい。アベノミクスを冷静に分析すると、金融政策に依存する割合が高く、結果として構造改革への踏み込みが不足してしまった。特に、わが国経済に必須の労働市場の改革が不十分だったことは否めない。その結果として、好循環は続かなかった。今後、岸田政権には労働市場を中心に構造改革を徹底して進めてもらいたいものだ。それが今後の経済政策の重要ポイントの一つだ。
「異次元緩和、需要創出、成長戦略」を推進
アベノミクスは3つの政策から構成された。具体的には、金融政策(日本銀行による異次元緩和の推進)、財政政策(各種景気対策による需要創出)、および構造改革(規制緩和などを進めて個人や企業の新しい取り組みを引きだす施策、成長戦略)だ。アベノミクスが目指した最大の目標は、デフレ経済からの脱却だった。
3本の矢の中でも、特に依存度が高かったのが金融政策だ。2013年4月4日には日本銀行が“量的・質的金融緩和”を開始した。日本銀行は消費者物価指数の前年比上昇率2%を物価安定の目標に定め、2年程度を念頭にできるだけ早期に実現すると表明した。そのために、大量の資金が金融市場と経済に供給された。企業や個人は資金を借り入れやすくなった。