「私たちの母なる星は火星」

40億年前の火星は、海しかなかった地球より、生命誕生にずっと有利だったとカーシュビンクさんは指摘する。

「生命はどこで誕生したのか? 私は40億年前の水だらけの地球ではないと思います。一方、その頃の火星には海が存在し、また乾いた陸もありました。クレーターの窪みが湖となり、そこで水の流入と蒸発がくり返されていたでしょう。太古の火星の環境は、生命の誕生に繋がる可能性があります。私たちの母なる惑星は火星です。われわれは、火星人だと思います」

火星隕石という宇宙船にのって

40億年前、海と陸がある火星で微生物が誕生したとしても、それがどうやって宇宙を旅行し、地球までやってきたのだろうか?

カーシュビンクさんは、火星から地球への移動に、うってつけの「宇宙船」があるという。それは隕石である。

隕石
写真=iStock.com/RomoloTavani
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隕石という小さな宇宙船に乗って、バクテリアが地球に来たというのだ。実際、内部のガスが火星大気の成分とピタリと一致することから火星から飛んで来たと考えられている隕石もある。どうやって火星から地球まで隕石が飛んでくるのか。

カーシュビンクさんが考えるシナリオはこうだ。40億年前、火星で生まれた微生物は岩石の中にも住んでいた。そこにある日、小天体が落ちる。無数の破片が宇宙空間に飛び出す。長い宇宙旅行の末に、そのうちのいくつかが地球に到達する。生き残った微生物が私たちの祖先になった――。

長い宇宙旅行に微生物は耐えられるのか

しかし、このシナリオが成立するには3つのハードルがある。

1つめは、隕石が地球までたどり着くのにかかる「移動時間」の問題。

2つめは、宇宙空間を飛び交う「放射線」の問題。

そして3つめは、地球の大気圏突入時の「熱」の問題だ。

まず「移動時間」について考えてみよう。微生物といえども、時間が長すぎると途中で死んでしまう。この移動時間を計算したのが、ブリティッシュコロンビア大学教授のブレット・グラッドマンさんだ。

「そもそも石が火星から地球にやってくること自体、驚かれるかもしれません。広い宇宙では、地球はほんの小さな存在に過ぎませんからね」

グラッドマンさんは、コンピューターを使ってどれくらいの時間、宇宙を旅して、地球にたどり着くのかを計算した。火星に小天体が衝突すると、さまざまな方向に破片が飛び出すが、飛び出た方向と、地球との位置関係によって、地球までの移動時間は変わる。

計算の結果、破片が秒速3.3キロメートルで宇宙に飛び出した場合、約1%が100万年以内に、0.1%は10万年以内に地球にたどり着くことが分かった。0.00001%は10年以内に届く計算だ。

「1回の大きな衝突で、ときに何億もの破片が放出されるので、たとえ10年という条件でも、十数個は地球までやってきます。この短い移動時間には驚かれるかもしれませんが、放出される破片の数が膨大なので、当然の結果です」(グラッドマンさん)

隕石が地球までたどり着くのにかかる移動時間は、問題ではなさそうだ。