生命はどのようにして生まれたのか。カルフォルニア工科大学のジョセフ・カーシュビンク教授は「太古の生命は地球で生まれたのではなく火星からやってきた」という。NHKの科学番組「コズミックフロント」制作班とライターの緑慎也さんによる『太陽系の謎を解く 惑星たちの新しい履歴書』(新潮選書)より紹介する――。(第2回)
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写真=iStock.com/Cobalt88
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40億年前の地球には海しかなかった

40億年前の地球はどんな環境だったのか?

カリフォルニア工科大学のジョセフ・カーシュビンクさんが注目するのは、グリーンランド、イスア地方で見つかった38億年前の「黒色頁岩けつがん」と呼ばれる岩石だ。

「黒色頁岩を見ると、きれいな薄い層が見えます。このことは水面の荒々しい波を避けられたこと、すなわち海のかなり深い場所で、岩石が形成されたことを示しています。実は、われわれが目にする40億年前の、ほとんどすべての岩は、地球が海だけの世界だったことを示しています」

40億年前の地球は、現在の姿とはかけ離れ、陸がほとんどなく、海ばかりの惑星だったというのだ。地球に、巨大な「大陸」ができたのは、火山活動が活発化した、27億年前か、それ以降のことだと多くの科学者は考えている。

「生命が誕生するには、有機物で大きな分子を作る必要があります。40億年前の地球には陸がなく、すべて海に覆われていたのですから、大きな分子を作るのは容易ではありません。水が多すぎると反応が進みません。一方、火星には海だけでなく陸も存在しました。40億年前の2つの惑星を比べると、火星の方が生命誕生に相応しかったと思います」(カーシュビンクさん)

アメリカのデスバレーにある生命誕生のプロセス

カーシュビンクさんによると、40億年前の火星の環境を知るためにうってつけの場所がカリフォルニア州デスバレーにあるという。

デスバレーの年間の降水量はわずか50ミリメートル。乾燥した大地が延々と広がる地域だ。その中心地バッドウォーターをカーシュビンクさんが案内してくれた。

辺り一面まっ白で、不思議な光景が広がる場所で、カーシュビンクさんは厚さ2センチメートルほどの何かの結晶をひとつまみ手に取って舐め、「しょっぱい」とつぶやいた。天然の塩だ。

「これらは、かつてあった大きな湖が蒸発し、後に残った塩の堆積物です。デスバレーは、北米大陸で最も標高が低い場所で、大量の水が流れ込んでいました。その後、水は蒸発し、中の成分が濃縮。このような結晶になったのです。ここでは、かつての湖の痕跡を見ることができます」(同)

そして、カーシュビンクさんは数百メートル先に見える崖を指さした。崖には黒っぽい線がうっすら付いている。

「あれはかつての水面です。波が打ち寄せ、岩を削ったんです。美しく刻まれていますね」(同)

ここはかつて湖だったのだ。しかし乾燥に伴い、水中の成分が濃縮したわけだ。このような乾燥した陸こそが、生命誕生に理想的だと、カーシュビンクさんは考えている。その理由は、生命誕生に至るまでのプロセスの中にある。