世界最大の映画市場をもつ中国で、過去最高の大ヒットとなった映画『唐人街探偵 東京MISSION』(2021年公開)の舞台は「東京」だった。そのため、この映画には日本人俳優も多数出演している。ノンフィクション作家の青樹明子さんは「ここ数年で中国の反日感情は高まりつつあるが、日本のエンタメや俳優の人気は衰えていない」という――。(第2回/全2回)

※本稿は、青樹明子『家計簿からみる中国 今ほんとうの姿』(日経プレミアシリーズ)の一部を再編集したものです。

とある若手俳優の芸能界追放劇

2021年、芸能界に粛清の嵐が吹き荒れた頃、何人かのスターたちが「封殺」され、事実上芸能界から消されてしまうことになった。なかには「日本」との関連性により、抹殺されたスターもいる。人気俳優の張哲瀚さんである。

張哲瀚は1991年生まれ、中国ではいまだに大人気の神ドラマ『琅琊榜ろうやぼう』で主人公の若年時代を演じ、一躍人気スターとなった。「国宝級イケメン」の一人になり、順調に実績を積んでいき、とうとう大型歴史ドラマの主役をつかんだのである。大スターへの道が約束されたちょうどその頃、事件は突然起こった。

張哲瀚さんが出演していた『琅琊榜』のポスター
張哲瀚さんが出演していた『琅琊榜』のポスター(写真=『琅琊榜』公式サイトより)

2021年8月12日。張哲瀚が2年前の2019年に友人の結婚式に参加した折の写真がネット民によってアップされた。結婚式は「乃木神社」で行われたといい、神社に祀られているのが「大日本帝国陸軍大将」乃木希典であることが、中国人民をおおいに刺激した。

乃木神社での結婚式がネットで炎上したのを受けて、「過去の罪状」も明らかになっていく。あまり公にはしていなかったようだが、彼は以前、日本に留学経験があった。その折、東京の色々な観光名所をめぐったようだが、靖国神社もそのひとつである。靖国神社で撮った写真も同時に問題になった。

8月中旬というのは、中国では最も「敏感」な時期である。日本の中国侵略にからめ、あらゆるメディアで「反日」がクローズアップされるのである。

乃木神社・靖国神社と連鎖し、「人民日報」などで、厳しく批判された。その結果、新進スター・張哲瀚は、たった一日で、封殺されてしまったのである。