2020年1月、横浜を出港した豪華客船、ダイヤモンド・プリンセス号は、未知のウイルスによる新型コロナウイルス感染症の船内感染に直面し、混乱の最中にあった。全員隔離の前代未聞の事態に追い込まれた乗員・乗客。だが「本当の困難」はむしろ下船後に待っていた。その時、いったい何が起こったのか。重厚な取材にもとづく臨場感あふれる筆致で「真実」を描き切ったノンフィクション『命のクルーズ』から特別公開する──。(第2回/全2回)

※本稿は、高梨ゆき子『命のクルーズ』(講談社)の一部を再編集したものです。

ダイヤモンド・プリンセス号からの下船後に検温に向かう乗客
写真=AFP/時事通信フォト
2020年2月21日、横浜の大黒埠頭客船ターミナルにてダイヤモンド・プリンセス号からの下船後に検温に向かう乗客

「バイ菌」扱い

前編から続く)

済生会横浜市東部病院の山崎元靖は、本当なら2月20日に神戸市で開幕した日本災害医学会の総会に行くはずだった。災害医療に携わる医療関係者が、全国から集う学術集会である。

いつもの通り、参加するつもりで申し込んでいたが、あとになってキャンセルを余儀なくされた。学会側が、ダイヤモンド・プリンセスに乗船した会員に、総会には参加しないよう求めたのである。

「学会に参加しようとして現地に行ったら受付で拉致されて、追い返されたやつもいた」と話す会員医師もいる。同時期、別の学術集会でも、関係者に対する不参加の要請が相次ぐことになった。

「ダイヤモンド・プリンセスのオペレーションにかかわった人間は、身内の医師集団からもバイ菌扱いか──」

山崎にとっても、かなりこたえた。

テレビのワイドショーで流れるコメンテーターの言葉にも、「しょせん、事情をよくわかっていない素人が言っていることだから」と考えて自分自身をなだめ、なんとか割りきることができた。けれど、同じ医療界に身を置き、日ごろから信頼している友人、親しい知人、先輩や後輩といった人まで、ワイドショーと同じ反応を示すのか。

以降、予定していた友人との会合は見合わせた。後輩の結婚披露宴にも、仲間うちで自分だけが、欠席せざるをえなかった。

大切な人びとと分断され、人間関係を引き裂かれ、孤立感が深まっていく──。それが、新型ウイルスの脅威以上に山崎を苦しめた「社会的、心理的な闘い」であった。

2月22日土曜日、「差別する者、される者」

ダイヤモンド・プリンセスのオペレーションに加わった関係者に総会への不参加を要請した学会内にも、「バイ菌扱い」を問題視する声が高まっていた。それは抗議声明という形で発表されることになる。

神戸市で開かれた学会総会に行くことなく、神奈川県庁の対策本部で指揮を執り続けていた藤沢市民病院副院長の阿南英明のところに、学会幹部から抗議文作成の依頼があった。

ダイヤモンド・プリンセスの支援活動に参加した隊員から、DMAT事務局に寄せられた悲痛なメールが、声明を出すことになる直接のきっかけとなった。

当方、かわらず平熱ですし、食欲旺盛・快眠ですこぶる元気にしております。ただ……こちらの問題ですが、(中略)出動したことを院長に謝罪に行かねばならぬ事態に陥っています。(中略)この雰囲気はなんとかなりませんでしょうか。DMATで出動した人間は院内では、悪者なのでしょうか?

先日横浜から帰還した際に(中略)「あなたは感染源なんだから」「バイ菌」と罵られ非常に傷つきました。国のミッションに病院から感染リスクを背負いながら前線に立って活動したにもかかわらず、上記のように罵られるのは異常事態かと存じます。

このほかにも、支援活動から戻った隊員のなかには、病院から締め出しのような扱いを受けたり、子どもを保育園に預けられなくなったりした例があったという。