危機管理のポイントは情報共有

自衛隊医官として、長年にわたり災害医療にかかわってきた防衛医科大学校の元教授で、航空自衛隊元空将の山田憲彦は取材に対し、興味深いことを語っていた。

「阪神・淡路大震災の直後から、米国連邦危機管理庁の人たちと話していて、何回も言われたことが、『危機管理の要諦は情報管理にある』ということなんです。情報管理には、情報の収集、分析、共有がありますが、情報の共有がポイントだということは、必ずしもまだ日本の中で共通認識になっていないと、私は感じています」

ダイヤモンド・プリンセスで、船内に隔離されていた人びとが一様に語っているのは、必要な情報がもたらされない不安やもどかしさだった。外部から固唾かたずをのんで見守っていた人たちも、実際に何が起きているのか十分に理解できぬまま、疑惑を膨らませていた。

えたいの知れない新型ウイルスを前に、どうしてよいかわからず、右往左往していたのは、関係者ばかりではなかったのかもしれない。

日本に必要な「クライシス・コミュニケーション」

コロナ禍にあって、リスク・コミュニケーションという言葉を耳にする機会がこれまで以上に増えた。リスク・コミュニケーションとは、あるリスクの性質や危険度について関係者が情報を共有し、共通認識をもって対応することだという。

ダイヤモンド・プリンセスで起きた集団感染のように、予想もしない緊急事態において、それは通常よりずっと難しくなる。このような場合は、「クライシス・コミュニケーション」にあたるという。

アメリカの疾病対策センター(CDC)は2002年、「クライシス・緊急事態リスク・コミュニケーション(CERC)」という緊急時の対処方法を公表した。

この前年、アメリカは、同時多発テロやそれに続く炭疽たんそ菌によるバイオテロ事件を経験している。CERCの対象には、人の生命や健康を脅かすあらゆる災厄、危機が含まれていて、具体的には、テロ、地震や津波といった自然災害、原発事故その他の重大な事故に加え、新型コロナウイルスの集団感染のような、新たな感染症のアウトブレイクも挙げられる。

CERCを実行するにあたっては、以下の6原則があるという。

①Be First(迅速な情報提供)
②Be Right(正しい情報発信)
③Be Credible(信頼できる対応)
④Express Empathy(共感を表す)
⑤Promote Action(行動を促す)
⑥Show Respect(敬意をはらう)

緊急事態に直面したとき、すみやかに正確な情報を発信して共有し、わからないことは「わからない」と言うことも含めて誠実な説明をし、つらい状況にある人びとに共感と敬意をもって適切な行動を促す──。それが、できるだけ被害や混乱を少なく抑えつつ危機を乗り切るために、望ましいあり方である、というのだ。

ダイヤモンド・プリンセスの乗客らは突然に理不尽な境遇に置かれ、「必要とする情報がない」と感じ、先行きに不安を覚えた。ないがしろにされたと怒りや悲しみを抱いていた。

外の世界では、船の実情が見えないために、「裏に何かとてつもない問題が隠されているのではないか」という疑念を膨らませ、必要以上の批判を喚起していったのではないだろうか。

ダイヤモンド・プリンセスで当時、何が起きたのか、また、私たちはどう対応すべきだったのか、事件から学ぶべきことは多い。

(前編はこちら

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